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<山本益博の料理エッセイ>この店、私のお気に入り 山本益博

第四回 神楽坂 東白庵かりべ

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それが江戸の心意気よ。

「そば屋は酒を飲むところなんだよ」と教えてくれたのは、浅草の老舗のすし屋の親方で「板わさ(かまぼこにわさび)やのりなんかのつまみをとって、そば前の酒を飲み、そのあとに、せいろを一、二枚手繰(たぐ)って、『御馳走さま』って席を立つ。そばだけ注文するやつは野暮だけど、かと言って、酒飲んで長居するのはもっと野暮天、そば屋で長っ尻(ながっちり)はいけねぇよ」と小粋な江戸弁で言っていた。いまから40年以上も前のことである。

先年亡くなった漫画家で江戸文化研究家の杉浦日向子さんも「そば屋は静かに酒を飲むところで、『おとなの憩いの場』なんです」と混み合う昼時が一段落したあとの、昼下りのひとり酒を愛してやまなかった粋人だった。

“そばがき”を知らずして「そば」は語らず。

一昔前、私は東京の郷土料理として、すし、てんぷら、うなぎと並んでそばを取り上げガイドしていたが、そば屋で酒を飲む余裕がなく、そばだけを手繰ってはそば職人の仕事ぶりを批評して、これは野暮を承知のガイドだった。そのガイドブックを10年前に卒業してからは、そば屋ではもっぱら「そば前」を楽しむようになった。

その楽しさを私に教えてくれたのは、柏のそばの名店「竹やぶ」なのだが、その「竹やぶ」主人阿部孝雄さんの薫陶を受けているのが、昨年9月に神楽坂に「東白庵かりべ」を開いた苅部さんである。
店は通りの目立ったところにはなく、探し当てなければ見つからないような露地にあるのがいい。静かに酒を飲む場所としては、うってつけのロケーションなのである。まさに「おとなの憩いの場」。

そばがき

まず「かりべ」で欠かしてはならないのが「そばがき」である。柏の「竹やぶ」の「そばがき」を食べる前までは、「そばがき」は「すいとん」と同義語だった。ところが、「竹やぶ」の「そばがき」は、そばのムース、スフレと呼びたいような、空気をいっぱい含んでどこまでも軽やかな「そばがき」だった。「かりべ」の「そばがき」は「竹やぶ」主人直伝の「そばがき」なのである。これには新潟の「鄙願」(ひがん)がよく合う。

そば前のつまみは盛りだくさんなのだが、必ずお願いするのが海老の味噌漬け焼き。こんなに酒が進むつまみはないかもしれない。ひとりでなければ、やや甘めに炊き上げた「にしんそば」のにしんも忘れずに注文する。言っては何だが、京都のにしんそばが脱帽するほどの美味さである。

上:せいろ蕎麦  下:天ぷらそば

“てんぬき” でも、抜くのは…。

酒はこれまた「鄙願」がいい。慎み深く、どのつまみも邪魔をせず、それでいて、余韻がある、そば屋にうってつけの酒ではなかろうか。そういう意味では同じ新潟の「八海山」もいい。

そうして、ようやく「そばきり」となる、そば粉を湯で掻き混ぜるのではなく、薄く延ばして細長く切り揃えるところから「そばきり」というのだが、そのそばの香りを楽しめるのは、かけより冷たいせいろ。つゆを最小限にして手繰れば、そばの香りが存分に楽しめる。これを2枚手繰って、さらに海老のてんぷらそばをいただく。別盛りで出てくるかき揚げは揚げ立てだから、つゆに入れた瞬間、じゅーっという美味しい音がする。お腹がいっぱいなら「てんぬき」という手もある。「てんぷらそば」から、てんぷらではなくそばを抜いたものを「てんぬき」と呼ぶ。

締めに甘味の「水あずき」をいただけば、江戸っ子だった親方には申し訳ないが、つい長居をしてしまった自分に気がつくのである。

写真・文 山本益博

プロフィール

山本益博

1948年(昭和23年)東京・浅草生まれ。料理評論家。
1973年よりフランスへ出かけて料理とレストラン文化を研究、2014年、フランス政府より農事功労章オフィシエを授与される。米国グラムメディア社『Foodie Top 100 Restaurants: Worldwide』の選者の一人。
「人間味という味が、いちばん美味しい」(大和書房)など食に関する著作のほか、「立川談志を聴け」(プレジデント社)、「名人芸の黄金時代 桂文楽の世界」(中公文庫)などオペラや落語、イチローに関する著作も多い。Webサライで「ひと皿の歳時記」ほか、最新の料理情報などを掲載。「美食の世界地図」(竹書房新書)を2014年1月に上梓。2014年9月に小学館より『鮨 すきやばし次郎 JIRO GASTRONOMY』を出版。

東白庵かりべ

〒162-0827
東京都新宿区若宮町11-7
03-6317-0951

営業時間
:11:30 - 15:00(L.O.)
:18:00 - 22:00(L.O.)
日祝 :11:30 - 21:00(L.O.)
定休日 水曜日

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