インタビュー

ダイナースクラブ プレミアムカード20周年記念 スペシャル対談

ここでしか、⾒つけられないものがある。
〜役者視点で捉えた、ロケ地での稀有な体験〜

写真・永田忠彦 文・⼩野ゆかり

Photographs by Tadahiko NAGATA

Text by Yukari ONO

俳優・佐藤浩市。出演した作品はゆうに100本を超え、

そのロケ現場を数えただけでも彼ほど“旅人”と呼ぶにふさわしい人物はいないかもしれない。

旅人が積み上げてきた特別な体験。語らう時間はしばし、

時を遡り、場所を雄飛して“ここだけ”の共通体験となっていた。

〝特別な体験〞こそが豊かさを育む

濃紺のスーツを纏い、俳優・佐藤浩市さんが現れると場の空気が静かに華やいだ。1960年12月生まれ。日本にダイナースクラブが誕生したのも同年同月という奇遇である。迎えたのは、ダイナースクラブを運営する三井住友トラストクラブ株式会社の代表取締役社長・五十嵐幸司だ。

五十嵐:佐藤さんとは何かご縁を感じますね。ダイナースクラブは、1960年、日本初のクレジットカード会社として誕生したんです。60周年を迎えた2020年には、我々が培ってきた〝目利き力〞を活かし、〝ここでしか、見つけられないものがある。〞というブランドスローガンを打ち出したのですが、佐藤さんは役者ならではのパフォーマンスで感動や無二の体験を届けていらっしゃる。我々もそんな存在になりたいと願っているんですよ。

佐藤:ダイナースクラブはクレジットカードのパイオニアなんですね。

プレミアムカード誕生20周年を記念して発行されたメタルカード。

五十嵐:1950年に米国で誕生したのですが、そのきっかけは、友人同士が食事をした際に持ち合わせがなくて困ったため、ツケで食事が楽しめるためのカードを作ろうということだったのです。そんなこともあり、会員様の人生を豊かにするサービスが我々の使命でして、食はその基本。佐藤さんには心に残る食の思い出はありますか?

佐藤:ロケ現場ですと、状況的にいい思い出ばかりではなかったりもするのですが、ここでしか食べられないと思ったのは、ラクダですね。20代の半ば、「敦煌」という映画で北京から敦煌まで半年くらいかけて撮影していた時のこと。ゴビ砂漠を越えた最後の地で、それまで荷物を運んでくれていたラクダが食料になったのです。残酷とも言えるけど、現地の人たちの暮らしからすると、それも整合性があって……。

五十嵐:それはなかなか強烈な(笑)。どんな味がしたんですか?

佐藤:臭みは意外とないけれど、何百回噛んでも飲み込めない(笑)。美味しいとか不味いではなく、二度と食することはないだろうと思いましたよ。

五十嵐:それとは真逆ですが、私が今でも行きたいと思うのは、大阪の堺市にあるごはんの専門店なんですよ。

佐藤:いいですね。美味しいお米は大好きです。

五十嵐:『銀シャリ屋ゲコ亭』という定食屋で、ササニシキとコシヒカリをブレンドして大釜で炊くんですが、その炊き方が絶妙で。炊飯器メーカーの方が修業にいらっしゃるほど、旨い。チンチン電車の駅の目の前にあるんですけれど、特別な体験というのは、情景と共にある気がします。佐藤さんは、ロケで色々な場所を旅されていると思いますが、その中でも忘れがたい情景とはどんなものでしょう?

佐藤:仕事に集中しているせいか、実はあまり憶えてないんですが、やはり「敦煌」の撮影の際に見た涅槃仏の佇まいが印象に残っているかな。「あ、涅槃っていうのはこういうことなのか」と。巨大な仏像は圧巻でした。国内では、三國(連太郎)と房総半島の内側を通った時、落ちる夕陽を見ながら「ここは松崎に似ているね」と、ボソッと言ったことがあったんです。出身は群馬県だったけど、育ったのが伊豆の松崎で。「あ、こんな場所で夕陽を眺められたら喜ぶのかな」と、そんな記憶もありますね。

五十嵐:情景には、感情が伴って思い出されますよね。

佐藤:あ、だから、ロケの記憶が……。旅というよりは逗留で、馴染みになった居酒屋のおばちゃんに「まだいるの?」なんて言われますからね。「敦煌」の撮影の時なんか、周辺には電話の回線が数えるほどしかなくて、昼に通話を申し込むと夜中の2時ぐらいに「テンソウ、テンソウ!」って叩き起こされる。なんか〝特別〞の意味が違いますよね。〝特殊〞になってしまっている(笑)。

心が映し出す思い出のかけら

五十嵐:特殊も格別な〝特別〞ですよ。佐藤さんはお仕事柄、人との特別な出会いもたくさんおありになりそうですね?

佐藤:子どもの頃、あまり三國にどこかへ連れて行ってもらったこともないんですが、京都の勝新太郎さんのお宅に一緒にお邪魔したことがあって。ちょうど勝プロを立ち上げたばかりの頃、三國に映画に出てくれ、という話で、川沿いのお宅の縁側に、勝さんと三國が座っていたのを部屋から眺めていたんです。当時のスターは普段でも銀幕そのままなんですよ。実際に川は見えてなかったはずなのに、川沿いに2人の座っている風景が今でも思い浮かぶんです。

五十嵐:京都という背景も相まって、特別な体験の舞台になりますね。実は会員の方のために、仁和寺をライトアップして紅葉を楽しんでいただくイベントを行ったのです。仁和寺は、第三十世までは天皇家が門跡を務められた由緒あるお寺。そんな千年を超える伝統のお寺が、イベント開催という我々のチャレンジを受け入れてくださった。ご門跡の瀬川大秀大僧正は厳しい修行の上で伝統を守りつつも、会員の皆様が日本文化に触れることができる新しい試みを開拓してくださった……。実に学びの多い出会いでした。佐藤さんは、作詞もされてCDを出すというチャレンジをなさっていますよね?

佐藤:五十の手習いといいますか。言葉をどう使うか、演じる際は重要な意味があります。ではその役者が歌を歌ったら、また違う表現ができるんじゃないかと。それが根幹になっています。少しでも自分の中の針が止まらないように……それは私がいつも考えていることです。

五十嵐:人生を豊かにするというのは、個人の体験だけではありません。先を行く人の体験が若手の支援という循環になってほしい……そんな思いも我々にはありまして。プロ10年未満の若手女子ゴルファーとラウンドするイベントも行っているんです。アラン・デュカスと組んだフランス レストランウィークはタイトルスポンサーを務めさせていただいてもう11年。全国のフレンチレストランを応援しています。また、東京藝術大学の学生や若手OBの方々に場所を提供し、演奏していただくイベントも。会員の方には生で演奏を聴いて楽しんでいただき、音楽会の参加費は、藝大の学生がボランティアで小学生や高齢者の方々に生演奏を届ける活動を支援するファンドに充当させていただくようなこともしています。

佐藤:先達から若手へ。私たちの時代もそうでした。体験という豊かさは、循環させることで熟成していくものなんですね。


プロフィール

佐藤浩市

俳優。1960年12月10日生まれ。東京都出身。A型。俳優・三國連太郎を父に持ち、19歳で役者デビュー。骨太なテーマのものからコメディタッチの作品まで、ジャンルを問わず演じ分け、数々の賞に輝いている。

五十嵐幸司

三井住友トラストクラブ株式会社代表取締役社長。国内外を問わず、旅した土地は数知れず。心に残る絶景は、モルディブのどこまでも碧い海。その際に触れた欧米人の滞在型バカンスの様子などが、豊かさを提供する際のヒントになっているという。

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俳優・佐藤浩市さんと三井住友トラストクラブ代表取締役社長・五十嵐幸司のスペシャル対談。