SIGNATURE2016年01_02月号
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人5952〜153ページ)。一方ではシンプルで静謐なカーンの建築を愛し、他方では無個性で猥雑な現代のショッピングセンターを愛する矛盾。 「たとえば上海の東方明珠電視塔、あれも大好きなんです。あれはみんなが悪趣味だと思っているはず。僕もそう思います。でも実際に上海に行って、近くであれを見たときに、自分たち人間の力ではどうにもならないパワーがこの世にはある。そのパワーをかたちとして見せられた感じがしたんです」おそらくここで語られていることは、雑誌やインターネットで美しい建築の写真を見ているだけでは分からない。それを感じるには自分でその土地を訪れ、そこの空気を吸っていなければならない。考えてみれば、建築や土木建造物が物語の中心に据えられた小説──『ランドマーク』でも『路』でも、それぞれの建築はそれぞれの土地で生きていた。生きて、普段は出会わないような人々や、個人の人生を超えた時間や空間を繋げたりしていた。この建築をめぐるダイナミズムは、もしかしたら吉田の長崎での原体験に根ざしているのかもしれない。 「長崎には歴史的な古い教会や外国人の住宅があります。でも子どもの頃、そういうものには興味がなかった。むルウしろ印象深いのは原爆の記憶です。瓦礫の街や火傷をした人の写真を見せられるわけです。そのときに、人間が建てたものは壊れるんだ、なくなるんだということを強烈に印象づけられた。だからいま建っている建築を見ていても、いつか倒れるものとして見ているところがある。生きているものはみんな死んでいくという意味のなかでおそらく建築も捉えていて、永遠に残るというものよりも、生きて寿命があるものに興味がある」 『作家と一日』で書かれるのはもちろん建築のことばかりではない。しかし、食にしても他のさまざまな文化にしても、吉田がその土地その土地で生きたものを求めていることには変わりない。そんな旅先での体験が、また作家の次の創作を生み出している。建てたものは、いずれ壊れてなくなる。だから〝延命〟されている建築には興味がない。現実の都市に生きているものに惹かれるんですSignatureInterviewShuichi YOSHIDAよしだ しゅういち|1968年、長崎県生まれ。97年『最後の息子』で文壇デビュー。2002年『パレード』で山本周五郎賞、『パーク・ライフ』で芥川賞を受賞。07年『悪人』で毎日出版文化賞、大佛次郎賞を受賞。ほか、『横道世之介』『さよなら渓谷』『怒り』など著書多数。ANAグループ機内誌『翼の王国』での短編小説とエッセイの連載をまとめた書籍に『あの空の下で』『空の冒険』。最新刊に『作家と一日』(木楽舎)がある。公式サイト http://yoshidashuichi.com/15 

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