SIGNATURE2016年03月号
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へん もやさぎりだいたい噂には聞いていた朝霧がいかほどのものか、果たして見られるのか否か。眠りから覚めるまでは半信半疑だった。宿での早朝。カーテンを開けると、視界はすでに白く靄っていた。町なかは盆地の底にあたるから、ここまで低く垂れこめることはあるまいと一人勝手に決め込んでいたが、予想は見事に外れ、望んでいた以上の展開を見せている。身支度を手早く済ませ、宿の前からタクシーに乗った。「狭霧台」という展望の名所へ向かう。タクシードライバーは「いい時にいらっしゃいましたね。気候条件が合致する時でなければ朝霧も出ませんから」と口にし、「今日はいい。今日はいいですよ」と同じフレーズを重ねた。車は国道11号線を上っていく。狭霧台にはアマチュアカメラマンと思しき初老の男性と、アジアからの観光客が複数組、若い日本人女性のグループがいた。眼下には、かすかに青みを帯びた霧が、山肌を這うようにじわじわと上ってくる。町なかの家々は霧のヴェールに蓋をされ、その姿はまったく見えない。由布には金鱗湖という、こちらもまた朝霧の名所と謳われる場所もあるから、目の前に広がる光景を勘違いして「これが金鱗湖!?」との声も上がる。車を運転する場合など、霧というのは厄介な相手だが、何も気にせず眺め下ろせる状況であれば、この単純な白い覆いの美が愛おしい。朝霧はひと時もとどまらず、刻々と形を変える。日が差した部分だけがほんのりとオレンジ色に染まり、さらに数分たたずめば、霧の底から家並みの一部が見え隠れしてくる。深呼吸。仙人にでもなった気分で、もう一度、深呼吸。霧もまた、水の変化体である。布院と湯布院、2つの表記がある。そもそもは由布院町と湯平村が合併し、湯布院町が生まれ、平成の大合併で由布市となった。静かな盆地の湯の郷の朝。霧に包まれ、目を覚ます。由布由憩い寛ぐ朝霧と名湯に、36げ 狭霧台の標高はおよそ680m。ここからの眺めは由布院が盆地であることを否応なく再認識させてくれる。朝霧は秋と冬に見られることが多いが、霧がなくとも絶景のポイント。     OitaCalm Waters Run DeepSpecial Feature

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