SIGNATURE2016年05月号

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n I　ジ　　 　　　　　ャニス・ウォンの一皿は、夢のような情景を見せてくれると人は言う。口にしたときに、味わいを凌駕して、食した者の奥底に眠る記憶へと訴えかけてくるからだ。それも、美しい記憶へと。それは、彼女のデザートの原点が幸福な思い出と結びついているからだろうか。 「３歳から４年間、私は日本で暮らしていたことがあります。今でも忘れられないのは、父がお土産で買ってきてくれたショートケーキのイチゴやクリームの美味しさ」〝食べられるアート〟を提案し、スイーツのインスタレーションや意外性のある食材をドラマティックに演出する。そのサプライズの鬼才が垣間見せる甘やかな記憶だ。もともと、ジャニスは両親の道へ続くべく、経済と金融を学んでいた。ところが、オーストラリア、メルボルンの名門モナッシュ大学留学中に、運命の出合いがあった。 「多くの農場へ出かけたことで、本当に情熱を傾けられるのは食の世界であると気がつきました。草の香りに包まれて、驚くほど新鮮な自然の恵みをいただく。そうやって生産者の方々の話を耳にしているうちに、食の伝道師になろうと決心したのです」そして、進路を変更してパティスリーの道へ。なぜ、パティスリーだったのか。「スイーツがないと生きられないから。甘味のパレットのほうが優れていたのも理由です」。学ぶなら、伝統的なパティスリーがあるパリが最適と考え、『ル・コルドン・ブルー』の門戸をくぐった。そこで、基本的な技術を手にした後、ニューヨークを目指す。「私がニューヨークに行ったのは２００５年。当時、スイーツの世界でクリエイティブな挑戦をしている街といえば、ニューヨークだったのです。この街では、モラキュラーガストロノミーを勉強しました」。天職を見出した若き〝食の伝道師〟は、とどまるところを知らない。好奇心が旺盛で、内から湧き出るアイディアを実験のように次々と形にしていった。ピエール・エルメをはじめ、オリオール・バラゲやトーマス・ケラーといったトップシェフが彼女の才能を見出し手ほどきをした。デザートにおける伝統と最先端を自分のものとしたジャニス。07年、故郷のシンガポールに、深夜２時までデザートとお酒を味わえる『２ａｍ：デザートバー』をオープンした。 「提供するのは、〝ここでしか体験できない味〟。プレゼンテーションの斬新さはもちろんですが、記憶に長くとどまる味覚や口に含んだときのテクスチャー、アロマを大切にしたメニューを提案しています」そのために、こだわるのは食材。唯一無二の体験のパートナーとしてふさわしいものを、従来の概念に縛られることなくトライする。生産者の顔が見えるものを厳選し、時間が許せば、実際に彼らに会いに行く。幼い頃に暮らした日本の味も、多くデザートへと変換。４月に開業する新宿の店舗でも、その驚きの味覚体験が堪能できる。「日本にはたくさんの素晴らしい食材があります。高知の柚子、熊本のトマト、広島のレモン、青森のりんご、石川の味噌、岡山のキャビア、京都の抹茶、日本酒……。拳げたらきりがありません。新店舗では、もっとたくさんの日本の食材に挑戦したい」柚子に関しては、高知県とのプロジェクトで、レシピ本まで製作したほどだ。他にも、地方自治体との取り組みでは、果実を育てるという長期事業にも参加している。「私が見ているのは、いつも未来。果実栽培も、すぐに成功するとは思っていません。５年後、10年後を見据えた取り組みです」。実際に、本人に会ってみると小柄で、チャーミングな笑顔が印象的な女性だ。どこから、そのエネルギーと創作のインスピレーションを得ているのだろうか。 「自然や会話、美術館。多くは、旅を通して得ています。この間も、青森を旅する中で、見事な和菓子に出合いました。これをアレンジして、ぜひ新店舗のメニューとして登場させてみたいと考えています。日本は、生産者から料理人まで、長い間にわたる伝統を持つ国なので、今までとは異なる挑戦ができるような気がして楽しみです」新宿の店舗のメニューには、代表作である「CASSIS PLUM」も登場。インスピレーションの源となった、日本の春の色彩と香りがレイヤードされた一皿だ。儚げなピンクの球体に隠された、醤油煮のタケノコと梅とシソの酸味が、口に含むと立体的な味の個性を放ち、春の情景が脳裏に弾けだす。 『Perfection i書のタイトルだ。意味を聞けば、「すべてハンドメイドなので、完全に同じものがないから」だという。日本の侘び寂びの世界にある、〝不完全な美〟を愛でるという、日本人の美意識に通じるものを感じる。今春、香港にもレストランをオープン。有名ファッションブランドとのコラボレーションも予定されている。デザートの概念を軽々と超えるジャニス・ウォンの世界。いち早く、自分の舌と心で感じてほしい。mperfection』。彼女の著Information12 日本初上陸となるデザートバー『JANICE WONG（ジャニス・ウォン）』2016年4月15日（金） JR新宿駅新南口『NEWoMan（ニュウマン）』内にオープン！公式ウェブサイト www.janicewong.jp/