SIGNATURE2016年05月号
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̶̶伊勢は、伊勢神宮はどんな所なのだろうか……。ちいさな旅に出た。ちいさくはあるが、いつかその地を訪ねてみたいという旅であった。海外にもそういう場所はいくつかある。たとえば『ダブリン市民』の著者である作家、ジェイムズ・ジョイスが生きたアイルランドのダブリンがそうであった。スコットランドのグラスゴーから渡ったのだが、前夜、なかなか眠れなかったのを覚えている。半生の思い出になった旅だった。今回は国内だが、少し緊張していた。どこか自分に因縁がある気がしていた。友人の故郷であった。それ以上に、普段、親しくさせてもらっている写真家のMさんが、その場所をすでに十年以上撮り続け、素晴らしい写真集を出版し、その美しさと、写真の一枚一枚から伝わってくるものを、ぜひ自分の目でたしかめてみたかったからだ。三十年近く前、京都左京区の一番北にある花背に小説執筆の取材で〝花背松上げ〟という祭事を見学に行った。奇祭とも呼ばれるその祭りは五穀豊穣を願って、十数メートル上にある松明に火のついた玉を男たちが次から次に投じて炎を点けるものだった。数時間かかって見事に炎が上がると、女人禁制の祭りに女性の姿を借りた男衆が最後に歌を披露した。その情緒ある歌に私は感動し、案内した人に、あれは何という歌ですか、と尋ねた。伊勢音頭です、と言われた。そうか、京都の北とは言え、ここから山4 を東にむかえば、そこに伊勢の国があるのだ。たいまつText by Shizuka IjuinIllustrations by Keisuke Nagatomo
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