SIGNATURE2016年05月号
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ぼうへんぽんげんげんの悟りの真髄は「不立文字、教外別伝(文字に表せず、経典の言葉にもよらず)」にあると言われるのだが、その境地を思い描くのはなかなか困難だ。こうした言語化できない悟りへの手がかりを視覚的に表現するために、公案を主題とする《瓢鮎図》や牛を悟りに見立てた《十牛図》など、禅画と呼ばれる絵画が描かれてきた。 《十牛図》は、牛を求める旅に始まり、牛をとらえて家に連れ帰る六つの段階(「尋牛」「見跡」「見牛」「得牛」「牧牛」「騎牛帰家」)、牛が我が身の裡に吸い込まれ、自身の存在も消えて世界と一体となる悟りの段階(「忘牛存人」「人牛倶忘」、真空の世界に自然が蘇り、無限の豊かさをたたえたこの世へと帰還する(「返本還源」「入鄽垂手」)、十の段階で修行→悟り→現実への帰還を表す。その8番目の段階「人牛倶忘」には、ただ円が描かれているのみ。その無の境地を独立した一枚の図として描いたものが「円相図」(「一円相」)である。悟りや真理、仏性などが表されていると言われるが、「円窓」と書いて「己の心を映す窓」という意味を持つこともあるという。つまり、向かい合う人によって、その意味も開示される世界も異なるという、実に禅的な表象なのだ。思えば、円は究極のかたちと言えるだろう。始まりも終わりもない無限の象徴であり、宇宙の調和の象徴でもある。そのシンプルさは懐が深く、描く人により異なる表情を示す。運筆の妙をじっくりと味わってみたい。ぼうぎゅうぞんにんにんぎゅうぐにってんすいしゅ円相1 禅禅ギャラリー己の心をうつす窓36Special FeatuteThe art of ZenSearch Inside Yourself文・藤原えりみ白隠慧鶴筆 江戸時代(18世紀)|東京・永青文庫蔵*「禅̶心をかたちに̶」東京展のみ出品青墨と呼ばれる中国の淡い墨をたっぷりとふくませ、筆速を抑え、ゆったりと描いた白隠の円相図。白隠の墨蹟の中で唯一現存する円相図。《円相図》
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