SIGNATURE2016年05月号
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2多 くの日本人がそうであるように、かつて幼かった丸山少年も書道に親しんだ時期があった。「真っ白な紙を前にした時のナーバスで不確定な感覚、そして手にした筆がいざ紙に触れる直前の、その瞬間が好きでした。それぞれのひと筆が異なる仕上がりになる。見るたびに心が躍った」と、丸山は幼少期の体験を述懐する。 「ひとたび筆が紙に触れれば、書は完成させねばなりません。たった一度きりのチャンスです。繰り返されることはないし複製されることもない。ひと筆ごとに細心の注意を払わねばなりません。墨のような液体は元来とらえどころがないものですからね」そんな刹那的な緊張感を最新の写真技術で表現したのが「空書」̶天空に描く写真シリーズだ。空中へ放たれた漆黒の墨が描きだす「二度とない瞬間」を超高速シャッターで凍結させる。そのスピード、なんと7500分の1秒から2万分の1秒。数々の試行錯誤の末、丸山はついに禅の奥義を象徴する円を表現することにも成功する。動的描写の中に静寂さが封じ込められた侘び寂びの世界。最新技術と禅の中に潜む美を融合した同シリーズは、ミニマルでシンプルな美意識への関心が高まる欧米各国で高く評価された。 「空書」の後も、さまざまなシリーズを発表してきている丸山の創作意欲は止まらない。彼だけがつくり得る次なる世界も、きっと私たちに新たな驚きと感動を与えてくれるだろう。禅を読む丸山晋一 2007年 54×44インチアーカイバル・ピグメント・プリント|©Shinichi Maruyamaまるやま しんいち|1968年、長野県生まれ。千葉大学画像工学科卒。広告写真家として活躍の後、2003年にニューヨークへ。2009年に「空書」展を東京とニューヨークで開催、国内外で好評を博す。その後も「Water Sculpture」や「Nude」など、高度な写真技術を駆使した独創的な作品を次々と発表してきている。 www.shinichimaruyama.com 空へ放たれた墨と水が織りなす奇跡的な瞬間を捉えた、まさに空中の書。同シリーズはアート・バーゼルやパリ・フォトといった世界屈指のアートフェアを通じ、コレクターたちを魅了した。アーティスト42Text by Kayo OGAWASpecial FeatuteThe art of ZenSearch Inside Yourself文・小川佳世Profile《Kusho #1》天空に描かれた書丸山晋一
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