SIGNATURE2016年05月号
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三年前までの二十年間、宮があった古殿地があると言う。荒祭宮の石の階段を登りながら、若い人や外国人と並んで祈っていると皆同じなのだと不思議な感慨があった。ずっと耳の底に川のせせらぎと砂利を踏む人の気配、そして山の音のようなものがした。外宮へ行き、正宮、風宮、土宮、多賀宮に参り、伊佐奈弥宮、伊佐奈岐宮、月讀宮、つ月き讀よみ荒あら御みた魂まの宮みやこをぼ巡った。聞けば百二十五社の神が祀られているという。少しタメ息が零れた。最後にせんぐう館を見物し、館内の椅子に腰を下ろし勾玉池の水面をぼんやりと見ていると、白鷺が一羽静かに舞い降りて来た。ここは広大な森の一角である。妙な話だが森は日本の津々浦々までつげくうかぜのみやぎのみやつきよみのみやつちのみやたかのみやあらまつりのみやいさなみのみやいざなながっている。以前、この地が日本を扇にたとえれば要の場所と先輩に教えられた。この森で、宮の中で、一年に千五百の祭司があり、神官たちは祈っていると聞いた。かつて西行法師はこの地を訪れ、僧ゆえに中には入れず、拝所から木々の間を見つめ、〝何事のおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる〟と詠んだ。どんな祈りがされているのかを想い、感涙した法師の感謝の念がわかる気もした。ちいさな時間の大きな旅であった。    7    ̶̶何を祈っているのだろうか……。かなめShizuka Ijuin一九五〇年山口県防府市生まれ。八一年、文壇にデビュー。小説に『乳房』『受け月』『機関車先生』『ごろごろ』『羊の目』『少年譜』『星月夜』『お父やんとオジさん』『いねむり先生』など。エッセイに、美術紀行『美の旅人』シリーズ、本連載をまとめた『旅だから出逢えた言葉』、『大人の流儀』シリーズなど。近刊に『それでも前へ進む』(講談社)、『無頼のススメ』(新潮新書)、最新刊に『ノボさん 小説 正岡子規と夏目漱石』(上下巻・講談社文庫)』、『ガッツン! (双葉文庫)』がある。

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