SIGNATURE2016年06月号
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「卯の花月」香蝶樓豊國画(年玉印)、一陽齋豊國画嘉永2年(1849年)夏の市中の情景(物売り)/初鰹都立中央図書館特別文庫室所蔵かみゆいしんざ©日本芸術文化振興会梅雨小袖昔八丈「永代橋川端の場」三代目中村橋之助の髪結新三平成27年(2015年)3月4日〜27日国立劇場大劇場歌舞伎名場面 第2回 新緑したたる初夏を描いた芝居といえば『梅雨小袖昔八丈』だろう。通称「髪結新三」は、文字どおり髪結(床屋)の新三が主人公。材木商白子屋の美しい一人娘のお熊を誘拐したあげく乱暴、親許に身代金を要求する悪党……と書くとなんとも陰惨な話だが、ジメジメさせないための工夫が随所に凝らされ、江戸庶民がこのさわやかな季節に寄せた美意識を届けてくれる狂言だ。 そんな〈江戸っ子好み〉がもっとも凝縮しているのが、新三が鰹を買う場面だろう。「テッペンカケタカ」のホトトギスの声が聞こえ、長屋の住人たちが「だいぶホトトギスの声を聞くが、まだ鰹の声は聞かねえようだ」と世間話。「薩摩さア」という威勢のいい下座音楽とともに、花道から「かッつお!」の歯切れよい売り声が聞こえ、盤台を天秤棒で担いだ魚屋が出てくる。そこで朝湯帰りの新三が浴衣に濡れ手拭い、さっ歌舞伎座 貸切公演のお知らせダイナースクラブでは11月上旬に歌舞伎座にて「吉例顔見世大歌舞伎‒八代目中村芝翫襲名披露」の貸切公演(夜の部)を行います。詳しくは6月発行の『シグネチャー』7月号のクラブハウスページでご案内させていただきますので、ご期待ください。つゆこそでむかしはちじょういんごう文・川添史子ぱりした姿で登場、鰹を求める。江戸っ子たちが「女房、娘を質に置いても食いたい」と憧れた「初鰹」を、ぽーん!と買う、心意気。 芝居通語で「鰹片身」と呼ばれる裏長屋の場も楽しい。大家・長兵衛が身代金の上前をはね、新三が買ったばかりの初鰹、しかも一番美味しい中落ちの付いた片身を持っていってしまうユーモラスな場面だ。悪人のくせに、因業な大家に手玉に取られる気のよさが、新三を憎めない男に仕立てる。「髪結新三」は、今でいう現代劇〈世話物〉作者の第一人者・河竹黙阿弥が、名人、五代目尾上菊五郎にあてて書いた狂言。「パリを描いたバルザック小説のよう」と言った人もいるが、なるほど、江戸の市井と人の心の機微を巧みに写しとった名作だ。脇役の名人と謳われた中村仲蔵が長兵衛を務め大評判となったというから、腕利きの役者たちに沸く客席、活気ある芝居小屋が目に浮かぶ。新三は深川閻魔堂橋で殺されるが、菊五郎の「殺されて引っ込んでおしまいというのは気分がよくない」という一言を受け、黙阿弥が大詰めの大岡越前役を書き加え、菊五郎は二役をこなした……というエピソードも、役者と戯作者の丁々発止のやりとりを感じさせ、ほほえましい。17ColumnSignatureText by Fumiko KAWAZOE1“Kabuki”a sense of beauty目には青葉 山ほとゝぎす 初鰹。「髪結新三」のいなせ

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