SIGNATURE2016年06月号
40/78
『ATAMI海峯楼』――入口に、その名が記されてはいるものの、その建物は、ここが宿なのかと躊躇してしまうような瀟洒な構えである。すぐ横には、ブルーノ・タウト設計による旧・日向別邸があるなど、昔ながらのお屋敷が並ぶ高台の一角。建物が建てられたのは、およそ20年前。新進気鋭の建築家として名を馳せていた、若き日の隈研吾氏の手によるものである。残念ながら、氏に直接確認する機会を得ることはなかったが、一歩扉をくぐれば、そこが、〝水〟を愛でる宿となっていることがよくわかる。エントランスをくぐると、すぐ横の壁をサラサラと滝が流れ落ちている。その滝は、スイートルームのある2階から巡り落ちていて、やがてそれは地下の大浴場フロアにある水の庭園まで続いてゆく。つまり、建物自体をぐるりと水が巡り、どこにいてもその気配を感じられるようになっているのだ。そして、大きくガラス張りになった部屋の窓から見えるのは、一面の海。日本屈指の温泉が、癒やしの〝水〟であることは言うまでもないが、それらを取り囲む水の風景までもがその効果を担っていることを、この場所は教えてくれる。たとえば、この宿を象徴する、ガラス張りになったラウンジでのひととき。建物を巡る水がゆるやかな波紋を広げてコーナーを囲み、その先の海と一体になって、まるで水の上に浮いているかのような浮遊感。視界から緊張が、するりと解けていく。そしてこせいはスイートルーム「誠波」のリビングルームからの眺め。晴れていれば、初島や大島までもを一望でき、その雄大さには、思わず言葉をなくす。同じ景観を楽しめるビューバス、露天のジャクージも、この部屋だけに約束された贅沢である。(露天ジャクージは水着・浴着着用) 42
元のページ
../index.html#40