SIGNATURE2016年07月号
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魁の履く高下駄から想を得たという「ヒールレスシューズ」。これがレディー・ガガのスタイリストの目に留まったことから、舘鼻則孝は世界中で注目を集めるようになった。その彼が、この3月にパリのカルティエ現代美術財団の美術館で文楽の公演を行った。デザイナーとして知られる彼がなぜ人形浄瑠璃を? 「カルティエ現代美術財団とのプロジェクトが進む中で、『人形劇はどうですか』と提案されたんです。彼らはフランスの人形劇を想定していたのですが、ちょうどその頃、文楽の人形遣いの三世桐竹勘十郎さんと知り合いになっていたこともあり、『日本の人形浄瑠璃をやりたい』と提案したところ、それが実現することになりました」監督を務めた舘鼻は桐竹と相談し、オリジナルの「花魁道中」と古典をアレンジした「阿古屋」「道行き」を三幕で上演した。一幕の花魁道中は花魁の姿や衣裳を見せる欧米でいうファッションショー的なもの。「阿古屋」は、源氏の天下となった都で平景清の行方を追うため、景清の愛人で花魁の阿古屋を尋問するというストーリーだ。「道行き」は、道ならぬ恋に落ちた男女が来世で一緒になろうと、ともに死ぬことを選ぶ、いわゆる心中物になる。文楽では通常、左右の動きしかないのだが、舘鼻は〝花道〟を設け、人形が客席の中央に出てくるような奥行きのある動きを演出した。観客は140人程度。螺鈿の刀など、舘鼻が職人たちとともに手がけた工芸品ともいえる大道具、小道具、靴や衣裳を間近に見てほしいとの思いからだ。彼が演出でこだわったのは、たとえば心らでん中のあと橋の下を赤い反物が客前を流れるシーンだ。血をイメージした反物は、現世では一緒になれなかった男女の血が混ざって初めて一つになる物語を暗示する。 「シェイクスピアなら赤いハンカチを使うでしょうし、ハリウッド映画なら血が飛び散るところだと思いますが、日本ではこうしてダイレクトではなく静かに表現するものなのでは、と思ったんです」登場する女性はみな遊女であり、中でも阿古屋は「現代に通じる自立した女性像」だという。その阿古屋を含め、今回の公演ではみな女性がテーマだ。でも文楽ではそれを男性の人形遣いが演じる。「ヒールレスシューズ」も女性用であって、舘鼻は男性の靴を作るつもりはないという。 「自分のこと、つまり男性を客観視するのは難しい。自分が男性に生まれてきたからこそ、女性を客観的に見た姿が表現できるのだと思う」。歌舞伎の女形などでも実際の女性よりも女性らしい、と思えることがある。女らしさとは何かを追究するという意味では、ヒールレスシューズと文楽には通じるものがあるのだ。彼が花魁に惹かれるのはその姿形だけでなく、「生と死とが隣り合わせであるような感覚を覚えるところ」だという。 「僕は明治・大正の花魁の写真も集めていて、それを見ていると危険な仕事というわけではないのですが、死に近いように感じられて怖い気がすることもあります。また、そういった仕事が成立する社会環境にも興味がある。では僕は、現代のアーティストとして、今なぜこれを表現しなくてはならないのか、何を物語るべきなのか、それを問われていると思います」昨年には東京・目白の旧・細川侯爵邸『和敬塾本館』で個展「面目と続行」を開催している。この個展では富山県高岡市の伝統工芸士たちとともに作り上げた、黄金に輝く鋳物の骸骨が注目を集めた。舘鼻自身の身体をCTスキャンで撮影し、骨格の3Dデータを取り出して3Dプリントし、それを原型に鋳造するという、恐ろしく手間のかかった作品だ。制作には3〜4年もの歳月がかかったという。 「東日本大震災が契機でした。僕は危険な目には遭わなかったのですが、初めて死の恐怖を感じたんです。それからずっと、人はいつか訪れる死に向かって生きているんだ、ということを考えていました。自らが死んだ姿を見ることで、自分が生きていることを感じられるようになったんです」舘鼻が作っている靴は、人が着用していないときはいわば〝静〟だ。人形も人形遣いが動かしていないときは〝静〟であるが、両方ともに人がそこに命を吹き込み〝動〟になる。舘鼻の靴と文楽はこんなところでも通じている。 「死を見つめることが一番、生きているという実感がある」という舘鼻。若くしてこの境地に達したとは驚きだ。さらには、個展の開催や文楽の公演などを通じて多くの人々と関わることで得たものもあるという。 「工芸の職人さんや桐竹さんをはじめとする文楽の方など、関わる方の数が増えれば増えるほど大変だけれど、それを成し遂げたときにはものすごい達成感に満たされます。この年でその感覚を得られてよかったと、我ながら思いますね」たてはな のりたか|1985年、東京生まれ。幼少期からモノづくりになじみ、東京藝術大学で染織を専攻し友禅染を用いた着物や下駄を制作。花魁の履く下駄をモチーフとしたヒールレスシューズで知られ、レディー・ガガに作品を提供していることでも注目を集める。アーティストとして国内外の展覧会へ参加する一方、伝統工芸士との創作活動にも精力的に取り組む。16年、パリのカルティエ現代美術財団の美術館で人形浄瑠璃「TATEHANA BUNRAKU」の監督を務め、演出や舞台装置までを担当した。公式サイト:www.noritakatatehana.com/    花   12Noritaka TATEHANA

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