SIGNATURE2016年07月号
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王道の上海料理 「いいもの、本物を見極めたら、それ以外のものはいらない。だって、椅子は1回で1つの椅子にしか座れないし、一度に2足の靴は履けない。シンプルであることは『膳典』という中国の思想の基本でもあるのです」。写真集の出版に関わらせていただいた。オーナーシェフの故・王恵任さんの集大成ともいえるべき作品である。冒頭は、素材の持ち味を活かす王さんの料理の本質、〝引き算の美学〟を表す原点の言葉だ。上海の裕福な家に生まれた王さん。 アメリカに留学して再び日本へ。それから彼が目指した美食の道は、見かけの派手さではなく、食べて心も身体も幸せになる本物の贅沢さ。「それは中国語で『喜福司』と書いて、日本語で『シェフス』と発音するのよ」と、マダムの王のりこさんが教えてくれた。ちょっと「ぞくっ」として、王さんの料理の美学と哲学を感じた。花と果物とコーヒーが大好きだっ 海老が整列している「車海老香りた、亡き王さんがつくりあげた料理を受け継いでいるのは、若い石綿太輔さん。とにかくていねいに、時間をかけて料理する。デリケートな料理は素材への自信の表れであり、誰もがきっとその品格ある上海料理に驚く。蒸し」は見た目に鮮やか、そして素晴らしい香りが漂う。塩味で蒸しただけなのに、深く優しいこの味わいはどこからくるのだろう。海老の香りが染み出たスープには、白いご飯を。海老の香りごと食べるご飯は、ナチュラルな甘みと旨みが混ざり合い、至極の幸せだ。たいのが、王さんが大好きだった「赤ピーマンのマリネ」。焼いてていねいに皮を剥くという一品は、フルーティでとっても甘い。「くらげ胡瓜」のくらげは、1週間以上毎日水を替えて仕込むという。見えないところに手をかけるていねいさ、こうしたこと一つ一つがこの店の品格をつくっている。まだまだ紹介しきれない料理の数々。そして、『シェフス』の豪快なストーリー。たくさんの名シェフを生み出した上海料理のこの店で、最高のクオリティを味わってほしい。何種類もある前菜の中でぜひ頼みシェフスお行儀よく並んだ車海老の姿が愛らしい「車海老香り蒸し」(2匹)は4,200円。グリーンの色合いが艶々と美しい「そら豆炒め」2,500円。前菜は7種類の中から好きなものを3種選んで2,500円。右写真中:上から時計回りで、くらげ胡瓜、中国野菜のサラダ、セロリの酢漬け、赤ピーマンマリネ、小アジの素揚げアニスソース。*価格はすべて税抜です。住所:東京都新宿区新宿1-24-1 藤和ハイタウン1F電話:03-3352-9350営業時間:18:00〜21:00(L.O.)定休日:日曜・祝日マダムシェフ16歳の時に日本に移住し、いったん17年前、縁あって『食材喜福』という14NumberPhotographs by Tadahiko Nagata Text by Tomoyasu ShitayaNoriko OuDaisuke Ishiwata今月の一皿王のりこ石渡太輔111
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