SIGNATURE2016年10月号
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1けすみだがわのっきりこうだんColumnSignatureText by Fumiko KAWAZOE19「近江源氏先陣館 隅田川乗切講談」「佐々木母微妙=中村翫雀」「和田兵衛秀盛=中村芝翫」「佐々木盛綱=坂東彦三郎」明治6年(1873年) 豊原国周筆(年玉印) 東京都立中央図書館特別文庫室所蔵《盛綱陣屋》佐々木三郎兵衛盛綱きたる11月、歌舞伎座で襲名披露公演を行う中村橋之助改め八代目中村芝翫。写真・荒木大甫©松竹株式会社歌舞伎名場面 第5回文・川添史子 「ヤァ父様、さぞ口惜しかろ。私も後から追いつきます」と叫び、父のために13歳の少年が自害する――。《盛綱陣屋》には、現代人にとっては若干引くような場面がある。とはいえ、今も世界で起こるグロテスクな戦争を思えば、悲しいかなリアルな戦場の残酷さかもしれない。そしてこうした理解しがたい部分に普遍性を与えるのが歌舞伎俳優の腕の見せどころだろう。 舞台は、源頼家と実朝が敵対し、天下を二分していた時代。佐々木盛綱・高綱兄弟は敵味方に分かれて戦っている。盛綱は討ち取られた弟・高綱の首を見てニセだと気づくが、高綱の息子・小四郎は敵に本物の首と信じ込ませるため、「父上」と呼びかけ切腹。その真意を悟った盛綱は、命を捨てる覚悟でその計略に乗る……というドラマ。 〈大地を見抜く〉ほどの眼力を備えた北条時政の目の前で、首実検をするプレッシャー、弟家族への情愛、武士の忠義歌舞伎座 貸切公演 演目のお知らせ 11月3日(木・祝)、歌舞伎座「八代目中村芝翫襲名披露 吉例顔見世大歌舞伎」ダイナースクラブ貸切公演(夜の部)の襲名披露演目は、《盛綱陣屋》です。詳細は86ページをご覧ください。心。盛綱を演じる俳優は、この胸の内での拮抗を、登場人物たちには気どられぬよう、観客には伝わるように演じねばならない。ここが、〈至難な肚芸〉と言われるゆえん。 同作は初代 中村吉右衛門による名演がよく知られ、戦後の最晩年にあたる時期まで何度も演じた。『盛綱陣屋』の記録映画では、初代が遺した至芸を堪能ではらげいきる(映画スターとして活躍する前の、歌舞伎修業時代の萬屋錦之介も小さな役で出演)。数年前に上映会が開催され、多くの観客が駆けつけたが、またぜひ上映してほしい貴重なフィルムだ。 ちなみに《盛綱陣屋》の舞台は鎌倉時代だが、モデルは豊臣家が滅亡した大坂冬の陣。時政は徳川家康、盛綱・高綱は真田兄弟にあたる。放送中の大河ドラマ『真田丸』でもおなじみの時代といえばピンとくる方も多かろう。 時代を超えて生命を保つ物語には、いつでも響くテーマが隠されている。戦争に壊された家族の悲劇には、江戸の人たちが現代に託した反戦への思いがにじむ。世は無常、「はや短日の暮れ近し」と口にした盛綱は忠義を捨てて情愛を選び、観客は血の通った男の姿に、しばし人間を信じさせてもらうのだ。“Kabuki”a sense of beauty大坂の陣に材を取った武士の心根。敵味方に分かれた兄弟のドラマ

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