SIGNATURE2016年10月号
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築地市場の場内の移転話をきっかけ   に、古いものを記録してほしいとモリナガ・ヨウさんが依頼されたのは、2012年のこと。それから取材と描画で約3年の月日を要した大作が『築地市場絵でみる魚市場の一日』である。実際に場内を見て回ったモリナガさんは、当時のことを次のように振り返る。 「取材のときは編集者と夜中の1時くらいに築地に集合して、朝の8時くらいまでいたんですが、場内に一歩足を踏み入れたときは、とても怖い思いをしました。想像以上に人々が猛スピードで行き交い、ものすごい情報量があふれている混沌とした場所なんです。市場の人たちが一番忙しい局面を迎えているときに飛び込むわけですから、邪魔にならないように気をつけていたんですが、何よりも腕章だけが心の拠り所でした。当然、スケッチをする場所なんてありませんし、もし描いたとしても目の前にあったものがわずか15秒後には次々と移動されてしまってなくなっていきます。ですから、撮った写真をもとにどう見せたらよいのか、入れるべき情報を整理しつつ、配置やアングルなどを考えながら絵を描きました。子ども向けの絵本なので難しい言葉が使えないなどの制約がありますが、だからこそ読みやすい工夫ができたと思います」絵で表現されることで、写真や肉眼で見る以上に築地という場所の象徴的な部分が、より際立っている。 「築地の印象といえば、鉄道駅だった当時の石畳が濡れていて、寒かったという五感に近い部分の記憶が蘇ってきます。ですから仲卸の売り場の地面の照りは、築地らしいから描かなくてはと思いました。築地はカオスに見えるけれど、実はある一定の秩序はあるんです。生ものを扱っているからかもしれませんが、スピードも方向もばらばら。それぞれが自分の用事で動いているからぶつかりそうなものなのに、ちゃんとお互いに避けているんです。同じ瞬間が二度とありません。築地という生き物の中に入り、夜が明けるとすべてが終わる。まるで魔法が解けたような気分でした」写真・阿部昌也 文・山下シオン  取材を始めてから3か月経って、市場の人たちの歩行速度にようやく合わせられるようになりました。そのとき、はじめて〝築地〟が見えてきたと思います。カオス築地市場という混沌モリナガ・ヨウさんインタビュー夜中の11時くらいから朝の7時までの築地市場をパノラマで描いたカバー絵。モリナガ・ヨウ|イラストレーター。1966年、東京生まれ。早稲田大学教育学部地理歴史専修、漫画研究会に所属。ルポイラストを得意とする。著書に『35分の1スケールの迷宮物語』『東京右往左往』『働く車大全集』『図解絵本 工事現場』など。『築地市場 絵でみる魚市場の一日』(小峰書店)で第63回産経児童出版文化賞・大賞を受賞。モリナガ・ヨウ『築地市場』原画展開催!会期:2016年10月2日(日)まで会場:銀座・教文館6F「ナルニア国」www.kyobunkwan.co.jp/narnia/41Yoh Morinaga

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