SIGNATURE2016年10月号
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大人の味のパッピーニャ三つ子の胃袋も、百まで甘くて辛いママの味もう10年以上前になるが、ポルトガル語をかじった時に、「ミンガウが上手にできました」という例文が教科書に載っていた。その時、「甘くて温かいミルク味のプリンのようなもの。僕のお母さんのミンガウは、ココナッツが入っていて本当に美味しかった」と、ミンガウの説明をしてくれた先生の顔は、実に平和で幸せそうだった。どうやら、先生にとっての食の原風景は、このミンガウにあるらしい。 「ミンガウ」とは、お米やトウモロコシの澱粉で作る、ドロリとした食感のミルク粥のこと。人によっては大人になっても寝る前に食べたり、体の調子が悪い時に食べたり、また、様々にアレンジをしてデザートとして食べたりするが、赤ちゃんの離乳食としても活躍している。サンパウロに住む10か月のユーリ君も、粉ミルクで作ったミンガウを1日に3回食べている。とくに、就寝前の一杯は欠かせない。お腹がいっぱいになってぐっすりと眠ることができるのだという。たいていの場合、ユーリ君のミンガウには、ビタミン豊富なフルーツが添えられる。この日はオレンジジュースだったが、ブラジルは果物王国だけあって、バナナ、マンゴー、パパイア、スターフルーツ、メロン、パッションフルーツなどの種類豊富な果物をカットしたり、搾ったり。これほどにフルーツを手軽に食べられるのは羨ましいかぎりだが、ユーリ君は、毎日、3時間に一度はフルーツを口にするという。一度にたくさん食べるより、2〜3時間ごとに食べるほうが体に負担がないと信じられているからだという。甘いミンガウやフルーツを食べる一方で、現在、ユーリ君は、食のバラエティを増やしている。「市販の文・にむらじゅんこライター、翻訳家、比較文学研究者、1児の母。長年のフランス暮らし、モロッコ通い、3年間の上海暮らしなどを経て、現在、鹿児島大学教育センター講師。著書に『クスクスの謎』(平凡社)、『パリで出会ったエスニック料理』(木楽舎)などがある。加工された離乳食は、人工的な何かが必ず入っているので絶対に与えない」という両親の方針のもと、ママは新鮮な野菜や肉を圧力鍋で軟らかく煮た離乳食を彼に用意している。この日の料理はボロネーズ風のスパゲッティ。短くして軟らかく茹でたスパゲッティは、ブラジルでは典型的なパッピーニャ(赤ちゃん食)だ。ハヤトウリ、ジャガイモ、ニンジン、牛肉を使ったユーリ君のスパゲッティは確かにフレッシュで美味しそう。ただし、味見をさせてもらうと、唇が痛くなるほどにニンニクと塩の味がかなり効いていた。油分も、日本人からすればこってり気味。咀嚼力は考慮されていても、味は大人とほぼ同じなのだ。「子供だけど味覚はもう出来上がっている。だから、味付けはちゃんとしないと。ニンニクは10か月から入れているわ」と、ユーリ君のママ。「赤ちゃんには薄味」を基本とする日本式離乳食とはずいぶんかけ離れた発想だ。こころなしか、ユーリ君も「しょっぱいよー」という表情をしているように思えるのだが……。確かに、赤ちゃんの味蕾は未発達ではなく、すでに完成しているという。だが、WHOが推奨する3倍の塩分を摂取するブラジル人が同じ味付けで離乳食を作っているのは、なんだか少し不安だ。おそらくは、日本に比べて、赤ちゃんを「小さな大人」のようにとらえている傾向が強いのではないだろうか。    uto  mingau & fr46

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