SIGNATURE2016年11月号
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る。そんな石の海の上に舟のシルエットを思わせる建物が浮かぶ。 「福山という街が造船業と縁の深い土地であり、神勝寺も、海難事故で亡くなられた人を弔うための意味も込められたお寺と聞き、そこから舟が浮かぶ形を考えたのです。さらにその内部に入ると海原が広がるというイメージの連続性があるものとなっています」暗闇の中で水面に反射する光の表情を鑑賞するインスタレーションは、禅の世界でいう瞑想のような体験ができることを目的とした。 「白隠研究の第一人者である芳澤勝広先生と禅についてのディスカッションをした際に、禅は決まった教えの定義というのが難しい世界ということがよくわかりました。言葉で掴むのではない、感覚的なものがとても強い。僕の場合、たとえばドローイングをしている時などに、周囲の音も聞こえなくなるほど集中して、感覚が研ぎすまされる瞬間があります。洸庭内部の暗闇の中、海原に当たる光に対峙することで、そのような状態と重なるような体験が生み出せたらと思いました」暗闇の中で時間とともに目が慣れてくることで、見え方や感じ方も変化する。こうした時間の流れも体験してほしいという。「ふだんは感じられないことや考えないことに、出会ってもらいたいですね。洞窟の中で光を見るような、現代の生活とは全くかけ離れた体験をすることに価値があると思います」。このプロジェクトでもうひとつ興味深いのは、この作品が名和自身とSANDWICHによるものということ。アーティスト一人ではない協、働、にはどんな意義があるのだろう。 「内部のインスタレーションは僕の作品としてつくりましたし、建築の設計やデザインにも関わりました。建築はコンセプトやデザインだけではなく、法規に沿ったさまざまな調整や構造計算など多角的なアプローチで全体が出来上がります。だから、パーソナルなアートワークとは違って、組織的なチームワークは非常に有効です。そもそも、アーティストひとりの手ですべてつくるべきだという概念はもはや前時代的です。20世紀の近代のアートは個や自己の実現が目的でしたが、それを無数の作家がさんざんやり尽くして21世紀を迎えました。現代はグローバルな経済システムで、世界の各都市が均質化された情報の時代。そんな状況で、個の表現はかつてほど求められていないように感じます。逆に言うとSNSなどに個の表現があふれる時代になったからこそ、アーティストは、個を超えた普遍的で大きな表現をやる使命があるんじゃないかと思います」まさにそのミッションを具現化したのが、初の大作となった『洸庭』である。 「プロジェクトにおいて、僕が総合的なディレクションはします。でも、一番重要なのは、誰のアイデアであれ、よい選択をしていくということ。最終的にいいものを目指すっていうのがチームの目的ですから。今までの表現の歴史にないものを目指していますし、コンテクストとしても、内容としてもオリジナリティの高いものをつくっていきたい」名和、そしてSANDWICHが創る〝見たことのないもの〟にこれからも目が離せない。15
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