SIGNATURE2016年11月号
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ふたつちょうちょうくるわにっきえほんさらしなものがたり双蝶々曲輪日記 絵本更科譚「濡髪長五郎=嵐 吉三郎」「放駒の長吉=中村福助」 嘉永7年(1854年) 歌川豊國 画(年玉枠) 東京都立中央図書館特別文庫室所蔵ColumnSignatureText by Fumiko KAWAZOE19Photo:©AID / amanaimagesあや兵衛が帰宅し……。〽二階より覗く長五郎、水に姿が映ると知らず、目早き与兵衛が水鏡、きっと見つけて見上ぐるを、さときお早が引窓ぴっしゃり、内は真夜となりにけり――。 与兵衛が犯人の人相書きを懐から出して見たその時、二階から覗く濡髪の大前髪の顔が、屋根の引窓から射し込む月の光に照らされて手水鉢に映る。機転を利かせた嫁・お早が縄を引いて引窓(縄で開閉する天窓)を閉め、真っ暗闇になる場面は、観客がハラハラとする見せ場の一つだろう。 息子は逃がしてやりたいが、義理の息子の手柄はつぶせないと悩む母・お幸、義を感じ捕縛されようとする濡髪、『名所江戸百景 深川萬年橋』歌川広重 画 出版年:安政4年(1857年)11月東京都立中央図書館特別文庫室所蔵江戸では生き物を買い集めて野に放つと、死後、極楽へ行けるという仏教の「放生会」の儀式が盛んに行われていた。画題は橋げたに吊るされた「放し亀」。歌舞伎名場面 第6回文・川添史子 秋風が吹き、夜が長くなってくると、月が人びとの営みを包み込むような芝居『引窓』が観たくなる。 時は中秋の名月、放生会を明日に控えた旧暦8月14日待宵の夜。場所は石清水八幡宮にほど近い里の古い一軒家。ここに、お尋ね者の力士・濡髪長五郎が飛び込んでくるのが発端だ。 主人のために人を殺した濡髪が、死ぬ前にせめて一目と、幼いころ別れたきりの生母に■いにやってきた。母は再婚したが夫は他界し、その義理の息子・与兵衛は父の跡を継ぎ、この日、十手を預かる身となったばかり。何も知らぬ母は初めて訪ねてきた我が子を歓待して2階座敷へ通す。そこへ、濡髪長五郎捕縛の役目を与えられたという与ほうじょうえまつよいぬれがみちょうずばち彼らの思いを察して泣く泣く引窓の縄で濡髪を縛り、与兵衛に引き渡す妻・お早、老母の苦衷を察知し濡髪を見逃す決意をする与兵衛……。心優しき人たちの辛い心情が闇の中で交錯する。 最後、ついに与兵衛が縄尻を切り、引窓がガラガラと音を立てて開く。さっと月光が射し込む名場面、名セリフ。 「南無三宝、世が明けた。身共が役目は夜ばかり、明くればすなわち放生会、生けるを放す所の法、恩に着ずとも勝手にお行きやれ」。八幡宮の放生会と掛け、与兵衛は濡髪を逃がす。 引窓の開閉、月光の明暗で人物の心を繊細に紡ぐドラマ。映画が生まれるはるか前につくられた、光と影が映す巧妙な心理劇でもある。“Kabuki”a sense of beauty1心ならずも人を殺めた力士が、母に一目逢いたさに忍ぶ、名月の一夜
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