SIGNATURE2016年11月号
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この路線に乗って若き日の画家・ミロがパリへ行った時のことを執筆したことがあった。ミロは憧れの芸術の都、パリへ夢と希望を抱いてシートに座った。彼が見た車窓からの〝流れる風景〟はどんなであっただろうかと想像した。ミロはパリで、すでに画壇デビューをしていたピカソのアトリエを訪ねる。その折、バルセロナの田舎のパイを持って行った。それがいかにも可愛いと言うか、素朴で好きだ。何度かのパリ訪問の後、ミロはフランスに住み、創作活動を続けるが、いつまで経っても絵は売れなかった。ようやく認められるようになった頃、ヨーロッパはナチスドイツの侵攻で、フランスも危険な場所となる。大半の画家がロンドンやアメリカに逃亡するが、ミロは妻と話し合い、誕生したばかりの娘と、鞄の中に〝星座〟シリーズがはじまったばかりの一枚を入れて、故郷バルセロナへ帰る決心をする。すでにフランコ政権から危険人物とされていたミロを救ったのは、幼な馴染みの帽子屋の息子、プラッツだった。彼はフランサ駅のひとつ前の駅で親友親子を迎え、そこで下車させて命を救った。そのプラッツの写真が、今もバルセロナのモンジュイックの丘にあるミロ美術館の入口に飾られている。旅の時間でどんな時が一番好きですか? もこう答える、「乗り物に乗って〝流れる風景〟を見つめている時です。その時間が私に安堵を与えてくれます」そんなことを感じるのは、私一人だけだろうか。と尋ねられると、私はいつ一九五〇年山口県防府市生まれ。八一年、文壇にデビュー。小説に『乳房』『受け月』『機関車先生』『ごろごろ』『羊の目』『少年譜』『星月夜』『お父やんとオジさん』『いねむり先生』『ノボさん 小説 正岡子規と夏目漱石』など。エッセイに、美術紀行『美の旅人』シリーズ、本連載をまとめた『旅だから出逢えた言葉』などがある。最新刊は、累計148万部を突破した大ベストセラー「大人の流儀」シリーズ、待望の第6弾『不運と思うな。大人の流儀6』。写真・岡田康且    9Shizuka Ijuin

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