̶̶そうか、こんなに美しい場所で眠っているのか……。初めて様似の町を見た。家族の方が案内して下さった。海を見渡すことのできる丘の上に墓所はあり、夏草が汐風に揺れていた。その時、武豊騎手が、あんなに美しい海を初めて見た、と言った言葉が耳の奥で聞こえた。美しい風景というものは、人のすさみそうなこころに何か救いを与えてくれるものなのだと思った。帰りの電車で、一度、様似の町と海を振り返ってみた。そこには打ち寄せる波のしぶきと海鳥が飛翔しているだけだったが、なぜか十数年、私の胸の隅にわだかまっていたものが静かに失せて行くような気がした。̶̶もしかして三十年前に、あの牧場の柵に座っていた少年の中に、彼川を渡る車輪の音に行く手に目をやると、丘の上を走る競走馬の姿が見えた。がいたのではなかろうか……。そんな気がした。そうであったなら、やはり彼とは縁があったのだろう。先月、武豊騎手がジャパンカップをキタサンブラックで勝利した。馬名のキタは馬主の名前から取ったのだろうが、キタという言葉の響きを競馬のことで耳にすると、あの少年の澄んだ目が浮かんだ。 岡潤一郎君、君が妻にプレゼントしてくれた大切なカードは、私の仙台の仕事場にちゃんと飾ってあります。Shizuka Ijuin一九五〇年山口県防府市生まれ。八一年、文壇にデビュー。小説に『乳房』『受け月』『機関車先生』『ごろごろ』『羊の目』『少年譜』『星月夜』『お父やんとオジさん』『いねむり先生』『ノボさん 小説 正岡子規と夏目漱石』など。エッセイに、美術紀行『美の旅人』シリーズ、本連載をまとめた『旅だから出逢えた言葉』などがある。最新刊は、累計148万部を突破した大ベストセラー「大人の流儀」シリーズ、待望の第6弾『不運と思うな。大人の流儀6』。11写真・岡田康且
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