人Shuhoはなのふはなどめしゅほうはないれまつりごと木の桶から花材を手に取り、花と目線を見交わしたあと一気に枝を断つ。身体の芯は微動だにせず、手から枝先までが一体になる滑らかな所作。瞬く間に立てられた紅白の梅は、まるで切られたことに気づいていないように瑞々しい気を放つ。「花士」珠寳の献花は、祈りの儀式のように厳かだ。 珠寳は2004年に慈照寺(銀閣寺)の花方を務め、2015年からフリーで献花や花の教授をしている。華道家ではなく「花士」(草木に仕える人)を名乗り、流派にも属さない。そんな異色のプロフィールを持つ珠寳のもとに、国内外から花の教えを請う人たちが集まる。その顔ぶれも実に多彩だ。 「お稽古にはビジネスマン、現代美術作家、物を書いてらっしゃる方もこられます。花と向き合う時間をつくって日常が変わってきたという声をよく聞きます。それが私にとって『花をする』ことの一番の喜びですね」 「花をいける」と言わず「花をする」と言う。珠寳の花は、準備の段階から、一般的な華道家のそれとは様子がことなる。山や野に分け入って足で花や木を探し、水は湧き水を汲みに行く。花入れに仕込む花留「こみわら」は藁を束ねて手作りするが、その材料となる稲を農家の方とともに田植えから育て、刈り取る。花の原点を探るように「花をして」きた、その体験から紡いだ言葉を、著書『一本草』(徳間書店)に記した。 「水際に観る」――花を立てる時は花入の水面下、見えない部分にこそ心を配ること。見える世界、見えない世界は表裏一体。「名前にとらわれない」――名前というフィルターを外して向き合い、一途にその花を愛すると、花はありのままを見せてくれる。「しん・添草・下草」――立て花では3役が自立して補い合い、バランスを生み出す。これは組織の中の適材適所。個人の中での物事の位置付けにも通じる。花の「口伝」でありながら、普遍的なメッセージとして心に届く。 「花は、あらゆることに変換できます。媒体となって気持ちを引き受けてくれる。求めているものを通訳してもくれるんです」。稽古場には大企業で高いポストに就く人も通う。功なした人物が一から花に向かう、その動機はどこにあるのか。 「偉い先生でも家庭の主婦でも、お花をする時には社会的な背景をすべて取り払って、キュッとそこに集中するんです。相手はお花だけ。日常から出てみたところでお花を扱っていると、自分が生きている場所が中心だとか、そんなこだわりから解放されて別の次元から物が見られる。そして命を相手にするわけですから、ルールや定義など何一つ固定することはできない。刻々と変わってゆく『今、これ』に向き合うのです」 まるで坐禅のような境地である。 珠寳が慈照寺に在職中、住職は「花と向き合うことは坐禅と同じ」と教えた。自分はどこにいるのか。今をどう生きればいいのか。坐禅と同様に、生きることの問いを、花を通して追究する精神文化が日本にはあった。珠寳はその初心にかえって花をする。 現在ある華道流派の多くは江戸時代に成立したもので、源流をたどれば室町時代に行き着く。「花はもともと大自然や神仏への手向けなのです。それが唐物の道具を引き立てるものになり、やがて空間の中で掛け物との関係性、宗教性などがトータルに考えられたのが足利義政の時代でした」 足利八代将軍・義政は、現在の慈照寺である東山殿を造営し、そこで営んだ芸術サロンから香道、華道、茶の湯が発祥した。応仁の乱で荒廃する都をよそに趣味に耽溺した愚将というイメージで語られることも多い義政だが、慈照寺で花方を務めながら義政の遺業を見つめてきた珠寳は、義政の芸術への傾倒には別の真意があったと感じている。 「義政公が政治をほったらかしにして芸能にうつつを抜かしたというのは事実ではなく、政でも努力されていたんです。しかし、あの荒んだ世の中が政治や経済でどうにもならなかった。だからこそ、文化や芸術に力を入れたんだと思います。これは私の勝手な妄想ですが(笑)」 とらわれ、もがく人の心に、別の世界があることを示し、美で安らぎを与えるのは芸術の役割だ。その力は乱世にこそ、切実に求められる。 「花の最終的な目的は平和のため。平和はまず、自分の心の平安なんです。現代もまた荒ぶる世。だからこそ、私は淡々と花をするだけ。義政公もきっと淡々と過ごしておられたんじゃないかと思うんです」no.7012SignatureInterviewしゅほう|神戸市生まれ。生花無雙眞古流に入門。日本のいけ花の源流を求め岡田幸三氏に師事。2004年、慈照寺初代花方に就任。足利義政公の「一視同仁」の精神のもと、文化活動を開始。音楽、現代アート、工芸、建築などの分野でも国内外のクリエーターと協働。2015年に独立し、草木に仕える花士として、大自然や神仏に花を献ずる活動をしている。同年、花の会『青蓮舎』を設立。著書に『造化自然』(淡交社)、『一本草』(徳間書店)など。 www.hananofu.jpむそうしんこりゅう白
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