なる。 この循環こそが〝自然〞そのもの。ここに荷を解き、自家源泉の湯に浸かり、食事の回数を重ねれば、心身が浄化されていくのを実感できる。都会での暮らしや仕事を通じて、知らず知らずのうちに溜まった澱のようなものが洗い流されていく。澱とは、時に過剰な〝情報〞であり、〝得体のしれない不安〞と言い換えてもいい。情報も不安も、どこにいようがゼロにはならないが、過剰な、得体のしれないという部分が払拭されるだけでも、旅の意義があり、佳宿に泊まる価値がある。 追われの身、傷を癒さなければならない身であった龍馬夫妻なら、この宿をすぐに気に入り、存分に寛いだであろうことは想像に難くない。 敷地内の奥まった所に立つ「椿の間」に泊まった。2階建てで、室内にも開放感のある湯殿が設けられている。床には温泉循環方式の暖房が行きわたり、素足で歩いても足元に寒さは近づかない。腕時計に目をやることもなく、窓越しに揺れる木々の葉を見やり、ゆっくりと夕暮れに向かう空など眺めて過ごす。風呂に入るか、後にするか。居眠りするか、茶を飲むか。 頭の中の空き容量が増えていく。削除すべきものは自ずと速やかに消え去り、本当に大切なものだけが残る。さしずめ龍馬なら、目の前のおりょうと、新しい日本の夜明け。愛すべきもののために力を注ぐ一瞬一瞬が、幸せというものに向かう道の標となっていく。 おりしるべ39食事の献立は、季節や収穫の具合によって異なるが、前菜から水菓子に至るまで、ヘルシーなものが連なって、味の物語を紡ぎ出す。地鶏のたたきも香ばしく、滋味があふれ出てくるような奥深さがある。左2枚が「椿の間」の内観。右は「紅の間」外観と雨降川。『忘れの里 雅叙苑』は、1954年にフランスで発足した「質の高い料理やサービス、ホスピタリティを提供するホテルやレストラン」だけが会員になれる「ルレ・エ・シャトー」認定の宿。
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