SIGNATURE2017年03月号
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ンドンに遅れることわずか2年、フランス初となる商業鉄道が、ここサン・テティエンヌに開通した。産業革命期にフランスの半分の採掘量を誇った石炭は炭鉱から工場へと運ばれ、黒ずんだ空気をまといながらも街は活況を呈した。中世から続く武器製造で名を馳せ、リボンをはじめとするテキスタイル、自転車製造などにより、フランス有数の一大工業地帯となったこの地域には、日本からも生糸が輸出され、幕末の頃より鉱山技師らが多数来日、明治から現在まで多くの日本人がこの街の鉱業学校に学んでいる。 19〜20世紀を通じて繁栄したこの工業都市には多くの労働者が集まったが、当然のように住宅は不足し、より豊かな生活を送るための施設も少ない。これを機に「黒いまち」からの脱却を図るべく、サン・テティエンヌの一地域、フィルミニは、新たな都市計画として「フィルミニ・ヴェール(緑のフィルミニ)」地区計画を立案していた。 ル・コルビュジエの友人であり、建設復興大臣在職時にマルセイユのユニテの竣工式に立ち会ったクロディウス=プティ、時のフィルミニ市長であるその人が、ル・コルビュジエにこの計画への参加を依頼する。 まず初めに、アンドレ・マルロー文化大臣発案で全国に計画された青年文化会館が、岩盤の上に、ケーブルで吊られた曲面屋根をもつ姿を颯爽と現した。そのリズミカルな窓はスタッフでもあった後の現代音楽家、ヤニス・ク51フィルミニのル・コルビュジエ建築群はガイドツアー(要予約)で見学可能▶http://sitelecorbusier.comフィルミニ・ヴェール地区でル・コルビュジエ存命中に竣工した唯一の建物であり、世界遺産。現在も開設当初から引き続き、さまざまな文化イベントが開かれている。弟子のアンドレ・ヴォジャンスキーに引き継がれて完成した最後のユニテには、今も1000人近くのひとが暮らしている。ガイドツアーに参加すれば内部の見学可能。ル・コルビュジエが設計した数少ない運動施設のひとつ。古代の野外劇場のようなコンクリート打ち放しのスタンドの下には更衣室等が入っている。2014年の修復後、現在も地元の人々のレクリエーションの場。文化会館1965年Maison de la culture de Firminy-vertユニテ・ダビタシオン1967年Unité d’habitation de Firminy-vert競技場1966年Stade de Firminy-vertロ

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