SIGNATURE2017年03月号
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紡がれた遺産==セナキスによるものだ。住宅計画としてあったフィルミニのユニテ・ダビタシオンは、マルセイユに始まり、ナント、ブリエアン5棟目となるが、2階まで建ち上がった1965年、ル・コルビュジエは地中海で遊泳中に急死してしまう。 師の遺志を継いだ弟子たちがその後もユニテ、競技場、プールと建設していく中、地域を潤してきた鉱工業は斜陽化の一途をたどり、景気と人口が急落。当初3棟が計画されていたユニテも、ル・コルビュジエの死の3年後に完成した1棟が最後となる。それもさらなる居住者減で、ついには建物の北側半分を封鎖。しぶとく工事を続けていたサン・ピエール教会も、基壇部ができた段階で野ざらしとなってしまう。 産業構造は変わった。ル・コルビュジエの建築や各展示施設で見られるようなデザインの遺産は残った。サン・テティエンヌはデザインやアートを街の主軸として利用し始める。開館30周年を迎えた『サン・テティエンヌ・メトロポール近現代美術館』のコレクションは、パリのポンピドゥー・センターに次ぐものとなった。『産業芸術美術館』には貴重な工業デザインの過去フォレ、ベルリンに続く52ゼニス・サン・テティエンヌ・メトロポール英国の巨匠、ノーマン・フォスター卿率いる「フォスター+パートナー」が手がけた屋内アリーナ。流体力学的なフォルムをもつシンボリックなランドマーク。www.zenith-saint-etienne.fr著名レストラン『ピエール・ガニェール』を生んだこの街にはクリエイティヴな食も豊富。「武器の街」として知られた煤けた工業都市は、フィルミニのル・コルビュジエの遺産とともに、輝けるデザイン都市として再生を果たした。シテ・デュ・デザイン旧・王立兵器工場跡につくられた国際デザインセンター。3つの古い建物と2つの新しい建物からなり、クリエイティブ分野の企画展やメディア関連イベントが催される。新築部分の設計はベルリンのデザイン事務所LIN。 www.citedudesign.com135年の歴史を誇るフランスの高級ショコラメゾン『ヴェイス』。www.chocolat-weiss.frサン・テティエンヌ――デザイン都市の未来Saint-Étienne

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