SIGNATURE2017年03月号
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7 「かなりまずい状況ですか、ドクター」 「ええ、彼の今の精神状態は医師としては手に負えないものがあります」 「患者さんからの伝言を皆さんに伝えます」 「患者さんは、どうか皆さんに今日のコースに早く行ってプレーをしてそういうわけにはいかない。大切な仲間、友人である。レントゲンを撮ったり、応急の処置を医師はしてくれていた。それでも快復しない。ヘリコプターでオアフ本島にある大きな病院へ行くべきではないかという意見が出た。判断は医師に委ねるしかなかった。 待合室にいる十数人の前に医師がやって来た。神妙な顔をしていた。 皆が顔を見合わせた。̶̶そんなにか……。欲しい、と。そうでなければ、死んでも死にきれないそうです」 そう言って医師は白い歯を見せた。 皆がその言葉に安堵した。そうして彼の顔を見たいと申し出ると、 「患者さんは今日プレーができないので泣いているから、涙顔は見せたくないのでかんべんして欲しい、とおっしゃってます」 皆笑い出し、ゴルフコースにむかった。 ゴルフコースにむかう車の中で、女性の一人が言った。 「待合室にパターの練習の道具があったわ」 「そうか、あのドクターも同じか……」 まったくゴルフ好きとは困った人種である。 ハワイ諸島のゴルフはかくも楽しかった。一九五〇年山口県防府市生まれ。八一年、文壇にデビュー。小説に『乳房』『受け月』『機関車先生』『ごろごろ』『羊の目』『少年譜』『星月夜』『お父やんとオジさん』『いねむり先生』『ノボさん 小説 正岡子規と夏目漱石』など。エッセイに、美術紀行『美の旅人』シリーズ、本連載をまとめた『旅だから出逢えた言葉』などがある。累計148万部を突破した大ベストセラー「大人の流儀」シリーズ、待望の第6弾『不運と思うな。大人の流儀6』が好評発売中。夢のゴルフコースへ[ハワイ編](小学館文庫)Shizuka Ijuin

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