SIGNATURE2017年03月号
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こしきもろみせいきくむしろ 「毎年、必ず行われてきた松尾様の祈願祭。東日本大震災のあった年は廃墟のようななかでの神事となりましたが、酒造りを続けることが復興につながることを信じて祈りました」 松尾様への願いが通じたのだろう。祐行さんが2012年に初めて仕込んだ「廣戸川大吟醸」は、全国新酒鑑評会で金賞受賞というかたちで返ってきた。あれから5年。祐行さんは今、これからの5年、10年、20年先のことを見据えた日本酒の在り方を考えている。酒造りに必要なルーティン作業は着実にこなしつつ、効率化できるところは効率化する。そこで生まれた時間を新しい研究や同業者との情報共有に充てていきたいと語る。今冬も新酒の仕込みが始まった。杜氏の祐行さんはじめ蔵人の意気込みもこれまでとは違う。 夜明けとともに火入れが始まる。洗った酒米を甑と呼ばれる蒸し釜に入れ、1時間余蒸し上げる。麹や醪など、用途に応じて米の量も蒸す時間も異なる。 米の上に掛けられた布の膨れ具合や蔵内に立ち上がる香りが、米の蒸し上がりを知らせる。甑から取り出した米を筵の上に移し替え、4人がかりで粗熱をとばす。蒸し上がったばかりの米は70度ほどで、触れればかなり熱い。それを素手でほぐしながら43度まで冷まし、布に小分けして麹室に運ぶという一連の作業が黙々と続く。 蒸しが終わると、杜氏の祐行さんと麹室担当の高橋良介さんのふたりは製麹室に移動し、麹づくりに取りかかる。この作業の要は温度管理と水分量調整。酒の品質を大きく左右するのも麹の仕上がり具合である。麹菌は水分をめざして菌糸を伸ばしていく。ゆっくり時間をかけて温度を下げ、乾燥させていくことで麹菌がまんべんなく生長し、天高く栄える山里、滔々と流れる川の名を冠した、誉れの酒 61日本の食文化を応援します。まつざき ひろゆき|松崎酒造店六代目蔵元杜氏。1984年生まれ。2011年、26歳で杜氏となる。試行錯誤の末、翌12年に初めて仕込んだ「廣戸川 大吟醸」が全国新酒鑑評会で金賞を受賞。以降、5年連続で金賞を受賞している。右の3点:米の香りが立ちこめる蔵。蒸米は、米のデンプンを糊化して麹菌、酵母菌の活動をしやすくし殺菌するための重要な作業。蒸米を布の上に広げ、手作業でほぐしながら粗熱を取り蒸気をとばす放冷作業で、70℃から43℃程度まで冷ます。蒸し上がった米は高精白のため、食用の米と異なりネバつきがなく乾いている。左:12月に出荷された新酒「廣戸川 純米 にごり生酒」。くせのないしっかりとした旨み、苦味と酸味のバランスを兼ね備えた完成度の高いにごり酒。松崎酒造店蔵元杜氏松崎祐行

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