SIGNATURE2017年04月号
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Number 101 「チャンピオンになりたいかね?」 「うなずくんじゃなくて返事をしてくれ」 「イエス」 「私の言うことをすべて聞き、それを守ると約束し、それがすべてでき 「チャンピオンになったら、シルベスター・スタローンに逢えるかな?」 「そうじゃなくて、チャンピオンになったら、スタローンの方から君に カス・ダマト。その時には彼はもう鬼籍に入っていた。 タイソンに出逢う前に、カス・ダマトは二人のチャンピオンを育てていたが、カス・ダマトの辛辣なボクシング界への批判、態度でボクシング界から干されていた。 或る時、少年院へボクシングのコーチに行っている彼の弟子が、一度、見て欲しい少年がいるので逢ってもらえないかと申し出た。カス・ダマトは少年院を訪れ、小柄な若者であったタイソン少年のトレーニングを見る。ほんの数分間、カス・ダマトは少年のスパーリングを見て、少年と話がしたいと言う。 そうしていきなり少年に言った。 少年はいきなりの言葉に戸惑いながらも、ちいさくうなずく。 と少年は小声で言った。るなら、君はチャンピオンになれるだろう」 少年は老人の顔を見返し、しばらくしてこう言った。 ご存知だと思うが、スタローンは、爆発的なヒットをしたボクシングの映画『ロッキー』の主役を演じた俳優である。少年はその映画の大ファンだった。 少年の質問に老人は表情ひとつ変えずにこう答えた。逢いに来るだろう」 少年は目をかがやかせて老人を見上げた。トレーニングをはじめた。 カス・ダマトは少年がなぜ施設に入らねばならない札付きのワルになったかを調べる。最初の暴力は少年が飼育していたハトを近所の悪ガキたちが殺してしまったからだった。 老人は少年にハトを飼育してよい許可を出し、家にしっかりしたハト小屋を二人して建てる。 ボクシングのハードなトレーニングも毎日したが、同時に老人は少年に〝闘い〞の基礎を教える。それは〝恐怖〞というものへのコントロールをどうするかであったり、トレーニングを休むとどうなるかなどということを話して聞かせた。例えば……、 「一頭のライオンが潜んでいる森の中に、一頭の鹿が入って行ったんだ。しかしその鹿は大変にかしこい鹿で、森の中にすでに何かが潜んでいることを察知していたんだ。でもその森を抜けなければ鹿の餌のある場所にいけない。どうなったと思う?」 という教育だった。 「殺されてしまったんでしょう」 「いや違う。ライオンが襲ってくるタイミングと距離を鹿はわかっていた。その上鹿は普段からせいぜい一〇フィートしか飛び跳ねないが、その時は三〇フィートを飛躍した。どうしてだかわかるかね?」 少年が首を横に振ると、老人は言った。 「自分の中の〝恐怖〞を鹿はコントロールできていたんだ。〝恐怖〞をコントロールできれば生き物は普段の何倍もの能力、つまり潜在している力を出すことができるんだ。〝恐怖〞は生きて行くために必要なものなんだ」 ……といった授業だった。ス・ダマトは少年を少年院から引き取り、彼のキャッツキルの自宅に住まわせ、社会人として必要なことを学ばせ、ボクシングのCatskill, NewYork 8

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