SIGNATURE2017年05月号
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 新しくなった美術館に杉本博司が迎えたのは、かねてより親交がある小説家・朝吹真理子。時間や記憶の有り様を思考し続ける小説家は、今回の杉本の仕事をどう見たか。時を超えた物がもつ魅力をめぐる対話||。朝吹:まず入口の4メートルの漆のドア。今は塗りたてでぴかぴかしていますが、摩滅して、根来塗の奥の色が露わになった、遠い未来の時間を想像しました。100年、1000年経過したときの、ひび割れて剥落して、根来塗の奥に隠れていた色が顕わになったすがた。人類もたえて、周りが壊滅したなかで、その色だけが鮮やかに覗いている。リニューアルなのに不穏な想像ですが(笑)。 ふだん自分が生きている時間が、あらゆる過去と地続きに接続していることを実感します。リニアに続くはずの時間が溶けてしまって、いまがどこかわからなくなる。この美術館には、たくさんの時間の積層がみえますね。遺物だらけ、気配だらけ。すこし気味が悪いくらいの美しさがある。杉本:芥川龍之介の『羅生門』のような、うらさびて立っている建築が好きなんです。入口の扉にしても、根来塗ですから、室町時代くらいの存在感がほしかった。最初から古い。しかも時間が経つと味が出てさらによくなっていく。よくなっていくということは、ある意味で新しくなっていくということです。時間が逆行するような物をつくりたいんですね。 一般に美術館は近代建築です。伝統的な床の間を排除するのがモダニズム。でもここはモダニズムの手法も使いながら、近代以前に戻ろうとしました。中世や近世の物は、中世や近世に見られていた状態で見るのがいちばん美しい。だとすると、古い物をその時代の人たちが見ていた見方で見てもらうほうが、その時代の精神が伝わるのではないか。昔はガラス越しに見ることは美の回廊ねごろぬり杉本博司×朝吹真理子対談あさぶき まりこ|1984年、東京生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了(近世歌舞伎専攻)。 2009年、 処女作の『流跡』を文芸誌 『新潮』に発表し小説家デビュー。同作で翌10年、第20回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を史上最年少で受賞。2011年、『きことわ』で第144回芥川賞を受賞。すぎもと ひろし|1948年、東京生まれ。70年代に渡米し、ニューヨークで写真制作を開始。《海景》《劇場》などに代表される作品は、明確なコンセプトと卓越した技術で高い評価を確立し、世界中の美術館に収蔵されている。2008年、建築家・榊田倫之とともに『新素材研究所』を設立、古い素材や様式を現代に再解釈する建築に取り組む。32 Beautiful Passage of Time

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