き なかった。でも今はガラス越しに見ざるをえない。それならばガラスを見えなくしてしまおう、ということです。 朝吹:紅白梅図も、当時はお酒を飲みながら見ることもあったのでしょう。お酒の味やひとのいきれ、そういう時間を屏風はたくさん吸っている。ここではお酒は飲めませんけど、お座敷に座ったのと同じ目線で見ることで、いろんな人がみてきた時間を自分の目に重ねて見ることができる。この行者杉の木目はとても美しいですね。展示空間はほんとうに大切だな。今日がいちばん紅白梅図がすてきにみえます。杉本:これは笹目といいます。笹が風に吹かれて連なっている。日本語では木の目にも名前が付いていて、それ自体が素晴らしい文化です。仏像でも、樹齢1000年というような木が倒れたときに、いちばん神霊が宿っていそうなところを伐って、仏様を削り出す。霊感ある仏師がそこに仏を見る。だからまず物を見て感じることが根本にあるわけです。朝吹:未来は「過去」にあるんだと感じます。小説を書くとき、現在使われている言葉では、書きたいヴィジョンにもっともフィットする言葉が見当たらない。そういうときに古語辞典を読みます。古語は、かつて生きていた人々のくちびるの痕跡が残っている化石みたいなものですが、かつて使われていた用例に当たって読んでゆくと、忘れられていた言葉が、もう一度息を吹き返して、新しい生き方をしはじめるような感触がある。未来の言葉は古語のなかにもあると実感します。杉本:時代は進化もしていますが、感性的には退行していると僕は思う。だから昔の豊かな言葉を発掘して自分のなかに移植する、DNAに保存されていた知の遺産みたいなものが自分にあって、それで言葉が生き返るのならすごいことですね。僕が作品をつくるときも、まず物があって、それがどうしてほしいか、物の声を聞く。そうすると逆に思いもつかなかったアイデアが浮かんでくる。 もともと僕は現場主義で、職人と仕事をするのが好きなんです。常に現場にいて、こんなこともできるかなと、自分でも手を動かしながら職人と一緒に考える。だから彼らがちゃんと自分たちの好きな仕事ができる環境を整えることも大切ですね。朝吹:すごいことです。手仕事は、ほんのすこし手が止まっただけで途絶えて、もう再現ができないものだとききました。杉本:この美術館にある物なんて特に、日本画でも仏像でも金工品でも今の技術ではできません。こんなに素晴らしいことが昔はできて今は駄目になった、そう思うことはいつもある。でもそういう古い物を見せる空間で、現代でできることを精いっぱいしたい。この美術館にはそんな思いが込められています。ささもく写真・ 忠之 文・長島明夫ヘアメイク・市川香 着付け・森由香利__杉本日本美術の展示として型破りな、ガラスのない展示スペースも設えられた。あたかも畳に座して作品と対面するかのような体験をもたらす。《柳橋水車図屏風》桃山時代(17世紀)※現在はこの展示は終了しています。国宝・野々村仁清作《色絵藤花文茶壺》33「この場所で 永遠に茶を得ることなく、 しかしとても美しく生き長らえる」__朝吹「野々村仁清の茶壺が、 真っ暗闇に宇宙船のように 浮いている」
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