SIGNATURE2017年05月号
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mond  砂糖を「発明」したのは、紀元前のインドだったと俗に言われている。だが、持ち運びと保存が可能な形として精製されるようになったのは、ササン朝時代のペルシャだったらしい。アラブ商人たちは、その「甘さ」を聖典コーランとセットで西方へと伝え、西洋を砂糖の虜にした。当時、砂糖は食品である前に「クスリ」として認識されていたことは周知のとおり。かの神学者トマス・アキナスも、胃腸、目、頭、すべてに万能だと認めていた。奈良の正倉院に保存されている『種々薬帳』にも、砂糖のことが記されている。 こうした、生活と医療における「砂糖文化」が根強く残っている国の代表が、イランだろう。赤ちゃんにあげる「甘み」は、通常「ナバート」という氷砂糖。しばしば、高級スパイス、サフランが入っている。口に含むと優しい、どこか懐かしい味がするこのナバートは、見た目は少しゴツゴツした黄色い鼈甲飴といった体裁。イランのママたちは、このナバートを溶かしたぬるま湯を哺乳瓶に入れ、赤ちゃんに与えてきた。 ナバート湯をあげるのは、赤ちゃんのおなかの痛みや疝痛(原因不明のたそがれ泣き)を和らげるためだと考えられていたようだ。また、ナバートに微量に含まれるサフランは、いわゆる「歯ぐずり(歯の生える時期に特有な痛み・不快感)」に有効だとも考えられていた。しかし、最近ではそのような考え方とは逆に、ナバートを溶かしたお湯が腹痛の要因になっていると指摘され、都市部では推奨されなくなってしまったようだ。ナバートをめぐって、ママたちの見解は慣習と科学の間で揺れている。 テヘランに住む6か月の女の子・ネガールちゃんは、コリック文・にむらじゅんこにむらじゅんこ|ライター、翻訳家、比較文学研究者、1児の母。長年のフランス暮らし、モロッコ通い、上海暮らしなどを経て、現在、鹿児島大学講師。著書に『クスクスの謎』(平凡社新書)、近著には『海賊史観からみた世界史の再構築――交易と情報流通の現在を問い直す』(稲賀繁美編、思文閣出版、共著)などがある。つい最近、離乳食を始めたばかり(ただし、イランには「離乳食」という総称的な言葉は存在しない)。彼女の一日のメニューは、次のようなパターンだ。•朝8時。ペースト状の食事。たとえば、「フェレニー(米粉と水を煮込み、母乳を加えたもの)」や「ハリレ・バダム(アーモンド汁、米粉、ナバートを煮詰めたもの)」「プーレ・スィブ(すりおろしリンゴを米粉で煮たもの)」。•夜6時。スープ(ジャガイモ、ニンジン、米、パセリ、羊肉、あるいは鶏肉を潰したもの)。 食間には、母乳が与えられるわけだが、食事や母乳で摂取しにくい亜鉛や鉄分が入ったシロップを与えることも推奨されている。イランの食事事情に合わせたイラン製のサプリメントだ。 筆者は、離乳初期からアーモンドを与えることに驚いた。アメリカでは、アーモンドミルクを飲む赤ちゃんに自己免疫甲状腺疾患が発生することが報告されており、禁忌とされているからだ。だが、アーモンドは、カルシウム・鉄分・マグネシウム・亜鉛を含む、縁起のよい食材で、イランの一部地域では、このアーモンドのミルクを母乳を補うものとして使用している。なんでも、イラン国際ラジオ局によれば、アーモンドには精神を安定させる効果があり、慢性的な咳の治療にも効果的だという。近代医学と民間・伝統医学。どちらの言い分が正しいのだろう。 アーモンドと赤ちゃんの関係三つ子の胃袋も、百までイスラムの甘さと癒し44Nabat & Al

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