SIGNATURE2017年05月号
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なかむらなかぞうそういう作業を繰り返すことで「現代」が織り込まれるわけですね。あなたの噺を聴いていると、古典の世界にもかかわらず「現代人と変わらない!」と思わせる力がある。きっと世の中をよく見ているのでしょう、師匠は日常のエッセンスを加えるのも巧みですから。そんな師匠に今回、お願いした演目が『中村仲蔵』です。花緑:落語には歌舞伎に夢中になっているちょっとダメな若旦那や手代をモデルにした噺はありますが、役者自身を取り上げたものは珍しいですね。なだい益博:この噺は江戸時代中期に活躍した実在の歌舞伎役者・中村仲蔵を主人公にしています。彼は歌舞伎の家の出身ではないため、苦労を重ねるが、どんな役でも工夫を凝らして演じることから評判になり、ついに最高位である名題になる。しかし『仮名手本忠臣蔵』の五段目に登場する斧定九郎という屈辱的な役を振られて……というあらすじですが、師匠はどなたに稽古をつけてもらったんですか?花緑:20年ほど前に、五代目三遊亭圓楽師匠のお弟子さんである三遊亭竜楽師匠に教えていただきました。ですので三遊亭直系の噺ということができますね。もちろん教授いただいたそのままの形ではなく、柳家らしいアレンジを加えて、柳家らしいオチを付けたところもお聴きいただきたいポイントになっています。これまで多くの名人上手がこの噺を手掛けていますが、落語は座布団一枚分の空間しかなくても、演者によって「こんなに変わるのか?」というくらい印象が変わります。今回この噺を「い、ま、の花緑」の想いを詰め込んだ一席に仕上げております。益博:僕はまだ、花緑版・中村仲蔵を聴いたことがなく、当日はほかのお客さまと一緒に楽しむコトになるんだろうと、いまからワクワクしているんです。こういうことをあんまり言うとプレッシャーになっちゃいますか?花緑:意気込むと硬くなるので意気込みません。「自然体」で当日を迎えることが意気込みです!(笑)。お相撲も野球も、芝居も落語も、ご贔屓を決めて、まずはそこから――益博「東扇 初代中村仲蔵」勝川春章画安永5年(1776年)頃中村仲蔵『仮名手本忠臣蔵』斧定九郎江戸中期の歌舞伎役者、初代仲蔵(1736~90年)は、門閥外から一代で大名跡となった立志伝中の人物。Masuhiro YAMAMOTO山本益博やまもと ますひろ|1948年、東京生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。『鮨 すきやばし次郎』『美食の世界地図』など料理関係の著書が数多く、料理評論のパイオニアとして知られるが、落語研究についても人後に落ちない。大学時代に八代目桂文楽(黒門町)の落語に出会い追っかけに転じ、卒業論文のテーマも桂文楽。その出来のよさは後に『桂文楽の世界』として単行本化されたほど。大学卒業後は、小沢昭一が主宰した『季刊藝能東西』の発行元「新しい芸能研究室」で落語の評論を行うなど、筋金入りの落語ファンにして落語評論家の横顔をもつ。

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