SIGNATURE2017年05月号
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もろみ 「袋吊りは、醪にストレスを与えずに清酒 天栄村の3月││那須連山から磐梯山につづく峰から雪が消え、稜線に色が差し始める。そこにほんのり赤の色素を感じられるようになってから数日後、まるで誰かの合図を受けたかのように、草花がいっせいに芽吹き出す。 里山の春は色彩にあふれている。桜色・薄桜・鴇鼠・石竹色・紅梅色・桃花色……和色大辞典を引っ張り出してきても、そこにある草木の色すべてを表現しきれるものではない。色数だけではない。香りや匂いも一気に増加する。 この時期、『松崎酒造店』では「袋吊り」と呼ばれる作業が行われる。発酵中の醪を「酒袋」という縦長の布袋の中に流し込んで吊るし、自重で滴り落ちてくる清酒を集める。醪のタンクに櫂入れする人、醪を吸引するホースを操作する人、醪を酒袋に注入する人、酒袋の口を結わえて吊るす人と、蔵人全員で作業にかかる。 いわば醪を清酒と酒粕とに分ける作業なのだが、この蔵でも年に3度しかやらない。流通している日本酒のほとんどが、醪に機械的な圧力を加えて絞り出されたものだ。六代目蔵元杜氏の松崎祐行さんは、袋吊りでできる清酒を次のように説明する。の素を抽出する昔ながらの清酒造りの工程のひとつで、ここでできる清酒はこれから蔵で造っていくお酒の芯となる部分、方向性を決める要となります。今年もかなり伸び代のありそうないい清酒ができました」 約1時間をかけて斗瓶(18リットルのガラス瓶)ひとつがいっぱいになった。これときねずせきちくいろ 「私たちもこれを鑑評会に出品することは 「これまでの日本酒は、お酒の特徴と魅力ばしを3瓶つくり、温度管理された部屋に保管しておく。蔵によっては、こうしてできた清酒を雫酒と呼んで、鑑評会用とするところもある。祐行さんは続ける。ありますが、それはオプションのようなもの。袋吊りでできる最初の2瓶の出来具合から、今年のお酒造りをイメージすることが第一の目的です」 袋吊りで最初に滴り落ちてくるものを荒走りと呼ぶ。白濁した滴は、続く中垂れ(中取り)の工程で、澄んだ液体になる。酒袋から出てくる滴に意識を集中させていると、それぞれのレベルで立ち上がってくる香りが、微妙にしかし確かに変化していくのが素人ながらもわかる。 最初の荒走りは、若々しくさわやかな香り。中垂れ、中取りの段階になると、お酒らしいふくよかさが加わってくる。お米と水だけでできたものが、こんなにも時々刻々表情を変えるものかと驚く。ワインのソムリエだったら、こうした香りの変化をどのようなことばで表現するだろう。が必ずしもイコールではなく、むしろ突出した特徴を良しとしない向きもありました。そうしたスタンダードな考え方がある一方、ワインのように、個性=魅力というとらえ方があってもいいのではないか。これから先、世界の人たちに日本酒を楽しんでもらうことを考えたら、従来とは別の視点の評価があってもいいかもしれない」 日本酒に限らず、何かを評価するときに、マイナス要素を減点していくというのは確しずくざけあらなかだなか日本の食文化を応援します。まつざき ひろゆき|松崎酒造店六代目蔵元杜氏。1984年生まれ。2011年、26歳で杜氏となる。試行錯誤の末、翌12年に初めて仕込んだ「廣戸川 大吟醸」が全国新酒鑑評会で金賞を受賞。以降、5年連続で金賞を受賞している。松崎酒造店蔵元杜氏ど61松崎祐行

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