SIGNATURE2017年06月号
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人Kenneth Lonergan©2016KFms Manchester LLCRghts Reservedil. ll ア Ai.』『The 『This Is Our Youthカデミー賞の主演男優賞と脚本賞に輝いた『マンチェスター・バイ・ザ・シー』は、実は人気俳優として知られるマット・デイモンの監督デビュー作として企画された映画だった。話題作を立て続けにオファーされて多忙なデイモンは、『アナライズ・ミー』や『ギャング・オブ・ニューヨーク』で知られるケネス・ロナーガンに脚本の執筆を依頼。しかし、仕上がった初稿を読んで、監督を譲る決意を固めたという。 「脚本を読み終えると、ケニーに電話をかけて、こう伝えたんだ。『この作品を監督できる人は、この世に一人しかいない。あなたです』とね。それぞれの登場人物への深い理解と、心の機微をていねいに描く描写がある。それに、かつてケニーの映画に出演した経験から、役者と一緒になって素晴らしい演技を引き出す演出家であることも知っていたからね」 デイモンが心酔するクリエイターの一人であるにもかかわらず、ケネス・ロナーガンの名前は一般にはあまり知られていない。といった良質な舞台劇を手がけるニューヨークの戯曲家で、映画監督としてはインディペンデント映画を2作手がけただけだ。監督デビュー作『ユー・キャン・カウント・オン・ミー』ではアカデミー賞脚本賞にノミネートされたロナーガン監督だが、第2作『マーガレット』は2005年に撮影されるも、さまざまなトラブルに見舞われ劇場公開が11年に延期されるなど、映画界との相性は必ずしもよくない。もしも、マット・デイモンがプロデューサーを務めていWaverly Gallery』なければ、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』に参加することもなかったかもしれないと、ロナーガン監督は振り返る。 「脚本執筆にせよ、監督にせよ、マットが関わっていなければ、仕事に専念することはできなかったと思う。マットがプロデューサーとして自分を守ってくれたからこそ、クリエイティブ面で完璧な自由を謳歌することができたんだ」 『マンチェスター・バイ・ザ・シー』は、忘れることができない痛みと悲しみを抱えた男が、再生していくプロセスを描く感動作だ。 「幸運なことに、わたし自身はこのキャラクターと同じような不幸は体験していない。類似した自分の経験を振り返り、それをとっかかりにして、この想像上の状況のなかで登場人物がどのように感じるのか理解しようと努めた。それに、自分自身が不幸を体験していなくても、友人のなかにそのような経験をした人がいるものだし、新聞は毎日さまざまな不幸を報じているから、そうした状況を想像するのは、とくに難しいことではなかったね」 悲しみに暮れる主人公のリー(ケイシー・アフレック)は、甥のパトリック(ルーカス・ヘッジス)を引き取ることがきっかけで、再生の道を歩み出すことになる。 「パトリックは、リーというキャラクターと彼を取り巻く状況と対をなしている。リーは、自らの身に起きた悲劇をきっかけに、世界が灰色になってしまったと感じている。だが、どんなにひどい不幸を体験しても、世界が灰色になることはない。なぜなら、人間は一人で生きているわけではなく、常に周囲でさまざまな興味深いことが起きているからだ。これこそ、この映画のテーマのひとつだ」 主人公を演じたケイシー・アフレックはアカデミー賞主演男優賞を受賞。元・妻を演じたミシェル・ウィリアムズ、パトリックを演じたルーカス・ヘッジスもそれぞれノミネートを獲得。ロナーガン監督自身もその演出手腕が高く評価され、監督賞にノミネートされている。優れた演技を引き出すコツはあるのだろうか? 「実は、いい役者とそうではない役者の見分け方については、以前、劇団にいたときに学んでいるんだ。上手じゃない役者は、常に自分に満足している。いつも素晴らしい演技をしたと思い込んでいるんだ。一方、本当に素晴らしい演技をする役者は、いつも不安に駆られている。『おれはなんでダメなんだ。いったいどうすればいいんだ』と反省してばかりだ。役者として続けていくためにはある程度の自信は必要だが、うまくできていないかもしれない、という不安こそが、よりよいものを生み出す推進力となる。この点に関しては、役者に限らず、脚本家、監督にも同じことが言えるんじゃないかな」 ロナーガン監督もアカデミー賞脚本賞を受賞。自らの鑑識眼の高さが証明されたマット・デイモンは胸を張る。 「これまでのキャリアで、自分が関わった映画でここまで誇りに思える作品はない。いつか自分の子供たちに伝えるつもりなんだ。映画業界でお父さんにちょっとした影響力があったとき、この映画の実現に微力ながら貢献したんだよ、とね」no.73ケネス・ロナーガン|1962年、米ニューヨーク・ブロンクス出身。大学在学中から劇作家として活動。99年の『アナライズ・ミー』で初めて映画脚本を手がけ、自ら脚本を執筆した監督デビュー作『ユー・キャン・カウント・オン・ミー』(2000年・日本劇場未公開)、マーティン・スコセッシ監督の『ギャング・オブ・ニューヨーク』(02年)でアカデミー脚本賞にノミネート。05年に監督した長編2作目『マーガレット』は、スタジオとのファイナルカット権をめぐり対立し、11年になって公開(日本劇場未公開)。マット・デイモンがプロデューサーを務めた長編3作目『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(16年)が、第89回アカデミー賞で作品賞・監督賞・脚本賞を含む6部門にノミネートされ、自身が脚本賞を受賞したほか、ケイシー・アフレックに主演男優賞をもたらした。ケネス・ロナーガン監督(右)と主演のケイシー・アフレック。16SignatureInterview

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