人それを自分が継いでいるという意識があったと思います」 森口の作品の特徴に「蒔糊」という技法がある。湿らせた生地の上に、乾かして粉末状にした糊の粒を、蒔絵で金粉を蒔くように少しずつ「蒔いて」いく。蒔かれた糊の部分が防染され、染めたあと粒が白く残る。 「江戸時代からあった技法ですが、父がこれを着物全体に使うことを考えつきました。蒔糊の面白さは、素地である縮緬の凹凸にうまく寄り添いながら、光と影を生み出してくれることです」 展示作品の《雪舞》には、雪の結晶を抽象化した白と黒の四角がリズミカルに配列されている。その黒白のバランスは、着物の背から裾と上前に向かって徐々に変化して黒の比重を大きくしてゆく。動きと時間の経過を感じさせるトポロジカル(位相幾何学的)な文様だ。背景となる蒔糊の黒白は、地と文様の主客転倒を生じさせながら、反射する光のようにさざめいている。こうした複雑な文様は、その着物が身につけられ身体とともに動いた時の〝装着美〞が最高に発揮されるように設計されている。 「着物を着るのも、宝飾品を身につけるのも〝wearあるものです。着物には衣桁に掛けた時に鑑賞する平面表現があり、身につけられて三次元になり、さらにそこに時間の推移が加わって四次元の表現となります。僕はすべての次元に通用するような作品を考えているつもりです。この四次元への展開を前提にしているからこそ、二次〞、身体の上で最高に美しく元の文様の世界が面白いわけです。工芸は、物理的にも精神的にも日常の世界から違うところへ誘ってくれるもの。それが、あるべき姿でしょう」 2014年、森口は、自身の友禅訪問着《白地位相割付文実り》をもとに三越伊勢丹の手提げ紙袋をデザインし、グッドデザイン賞を受賞した。制作にあたっては着物の文様を立体的に再構築し、縮緬で袋を試作。このプロトタイプは東京国立近代美術館の工芸館に寄託される。 「江戸時代に吉原の遊里に繰り出した旦那衆の手に友禅の巾着があったように、僕の友禅の文様がこういう形で多くの人の手にわたるのには意味があります。工芸品は同世代人とメッセージの交換をすることで、生きるのです」 森口がモノトーンの友禅着物を発表したのは日本のファッション界が女性の装いに黒をフィーチャーする前の1970年代初頭だった。森口は自立する女性の時代を予見し、友禅に表した。 「時代を反映するという言い方は、僕は嫌いでね。僕は反映はしない。僕自身が時代をつくっているつもりでいるし、結果として作品が時代を先取りしたように見えるのかもしれない。日本の歴史の教科書ではまず戦争が、次に政治が語られて最後に文化のことが書かれているけれど、本当は芸能や表現の中にまず表れてきたものが、やがて社会を変えてゆくものだと信じています。僕も変えたいと思っているのです」時代は表現から変わってゆくおうとつまきのりまきえしろじいそうわりつけもんいざなno.Exhibiton Information《フューシャ クリップ》 1968年プラチナ、ゴールド、ミステリーセッティング ルビー、ダイヤモンドヴァン クリーフ&アーペル コレクションPatrick Gries © Van Cleef & ArpelsSignatureInterview74Kunihiko MORIGUCHIもりぐち くにひこ|1941年、重要無形文化財保持者(人間国宝)の故・森口華弘氏の次男として京都に生まれる。63年、京都市立美術大学日本画科を卒業後、パリに留学。66年、パリ国立高等装飾美術学校卒業。帰国後、父のもとで修業を始め、幾何学文様を用いるなど友禅に新生面を切り拓く。2007年、重要無形文化財「友禅」保持者(人間国宝)に認定。15技を極める̶̶ヴァン クリーフ&アーペルハイジュエリーと日本の工芸会期:2017年8月6日(日)まで会場:京都国立近代美術館(岡崎公園内)開館時間:9:30~17:006/30までの金・土は20:00まで7/1~8/5の金・土は21:00まで開館*入館は各閉館時間の30分前まで月曜、6/13(火)、7/18(火)休館〈ただし7/17(月・祝)は開館〉テレホンサービス:075-761-9900http://highjewelry.exhn.jp/
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