SIGNATURE2017年08_09月号
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歌舞伎名場面文・川添史子 イラスト・大場玲子(兎書屋)色と欲に 第14ま回みれた破戒坊主が立ち回る、ブラックなお家騒動の隅田川物 『隅田川続俤』は、薄汚い姿で女を追い回し、金と物への欲も深い破戒坊主・法界坊が主人公の物語。釣鐘堂建立の勧進と称して江戸の町を歩きながら、大酒をくらい、遊女を買い、盗みを働く。そんな無茶な坊主だが、どこか間抜けで憎めないチャームもあり、一種のピカレスクロマン(悪漢小説)のような趣。そこに、お家の重宝〈鯉魚の一軸〉をめぐる悪だくみ、若く美しい男女たちの色恋沙汰が絡み合い、なんとも盛りだくさんの内容が詰まった徹底的な喜劇は、歌舞伎の中でも実にユニークな手触りを持つ傑作だろう。にうせし法界坊、姫が魂魄さそひきて、姿は一つ二面、恨みをこゝにあり〳〵と、同じ出立の優姿…… 見せ場はなんといっても、最後の「双面」だ。恋の怨念を遺しながら死んだ野分姫と、自分が掘った穴に落ちて死んだ法界坊、この世に未練ある二つの霊が合体し、グロテスクな怨霊に変化する。喜劇がにわかに怪談に変調しつつ、そのふたなり(両性具有)のドロドロとしたお化けの場面を、変化に富んだ舞踊劇で見せるというのが、歌舞伎の面白いところ。 法界坊というキャラクターは、安永すみだがわごにちのおもかげふたおもてでたちやさすがたおもて 〽白浪か雲かあらぬか煩悩の、堕落こんりゅうこんぱくふた 『法界坊』のキーワードである〝鐘〞とがのこむすめどうじょうじ4年(1775年)に初代中村仲蔵が大日坊という役名で演じたのが最初と言われ、これを受け継いだ四代目市川團蔵が法界坊とあらためて演じたものが現在に定着したそうだ。仲蔵は舞踊の名手だったので、女方舞踊の大曲『京鹿子娘道成寺』を踊ってみたいと思っていたが、当時はまだ立ち役が女方の領分を侵すことは難しかった。なので、男女二つの霊が合体し、一人の姿となって現れる「双面」の趣向を見事に考え出し、役者の願望を遂げたのだ。〝鯉〞は、深読みすれば、〝金〞と〝恋〞にも読み解ける。なるほどこの物語は、普遍的な人間の欲望を象徴する人物を中心に据えていたわけである。悪の要素をすべて抱えて建前なしの本音で生き、殺されても姿を変えてよみがえってみせるアナーキーな法界坊が、いつの時代も人気者なのは、このあたりに秘密がありそうだ。きょうCSignatureおおぎりしのぶぐさこいのうつしえふたおもてみずにてるつきText by Fumiko KAWAZOEIllustration by Reiko OHBA(TOSHOYA)しのぶうり19「浄瑠璃八景 常磐津 荵売」「墨水の夕月」四代目市川小團次、三代目澤村田之助の見立て文久元年(1861年)三代目歌川豊国(初代国貞)画 東京都立図書館特別文庫室蔵『隅田川続俤』の大切の所作事『双面水照月』は舞踊としても独立し、通称「双面」または「荵売」として知られる。亡霊が荵売りの女に姿を変えて双面の所作を演じる常磐津浄瑠璃『垣衣恋写絵』がもと。シノブ(=忍草)はシダ植物の別称で江戸の風物のひとつ。olumn1“Kabuki”a sense of beauty

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