SIGNATURE2017年08_09月号
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羽根細工作家 パ 「 日本での滞在が、私の新たな色彩感覚を目覚めさせました」ネリー・ソニエリ南部の静かな住宅街の一角に、ネリー・ソニエ氏のアトリエはある。陽光が心地よく注ぎ込む作業台には、カラフルな羽根が所狭しと並ぶ。彼女の手元には、まさにこれから接合されようとしている羽根の束が左右対称に置かれていた。くしゃみ厳禁ですねとの愚問に対し、主は首を横に振って答えた。 「かまいません。バラバラになってしまったら、また新しいアレンジメントを考えればいいのです。この無限の可能性が、羽根の魅力のひとつです」 風を切って飛ぶための翼には通気性の少ないもの、下腹部には水をはじきやすいものといった具合に、一羽の鳥から得られる羽根でも、生えている部位によって形、厚さ、質が異なり多彩だ。それらの採取、洗浄、着色などすべての工程を自ら行い、エスプリを素材に代弁させて作品を仕上げる。 2015年、京都の『ヴィラ九条山』に4か月滞在し、物質に魂が宿るという考え方や色使いに感銘し、それを作品にも反映しているという。 「既成概念を打ち破り、人の心に新鮮な驚きをもたらすことにやりがいを感じています」 ダチョウの羽根で仕立てたクチュールメゾンのドレスや、クジャクとキジの羽毛を敷き詰めた一流ジュエラーの腕時計の盤面など、ソニエ氏の作品はいずれも詩的で幻想的。それが本当に鳥の羽根でできているのかと思わず凝視してしまうほど、美しくも不可思議だ。 ただし、羽根細工業界自体は鳴りを潜めてしまって久しい。女性の社会進出により、機能的で簡素な装いが好まれるようになって需要が減少したのが原因だという。そんな羽根細工の再興隆こそが、ソニエ氏のライフワークだ。彼女自身がテクニックを学んだ芸術高校で約20年間教鞭を執った後、今ではこのアトリエで後継者の育成に努めている。 「技術の継承に、多くの時間と情熱を注ぎ込んでいます。私のたった1回きりの人生だけでは、羽根の魅力を伝えきることはできませんから」Artiste PlumassièreNelly Saunier32羽根の美しさに魅了され、14歳でこの世界を志す。2008年に人間国宝に選ばれ、09年に「手の賢さに捧げるリリアンヌ・ベタンクール賞」受賞、2012年にフランス文学芸術勲章受章。羽根細工業の再興隆のために尽力。素材そのものがインスピレーションの源だと語るソニエ氏は、デザイナーや映画の衣装方からのオーダーに応える一方で、自らの作品の制作にも熱を入れる。鳥の羽根だけを用いて作り上げたドラゴンは、アシンメトリーなボレロとなって女性の肩を覆う。緻密なデザインに、トロンプルイユのような遊び心が盛り込まれた逸品。

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