エンボス加工作家「経験で培った技術と優れた素材が出合った時、最高の作品が生まれます」ロラン・ノグ エンボス加工職人は、紙の上に三次元を構築する魔術師だ。エンボス加工とは、凹版と凸版で用紙に圧をかけ、立体を施すという表現技術。紙上のわずかな凹凸で光と影を操り、さらにメタリックの箔押し印刷で、エレガントかつ繊細な輝きを加える。精巧さの実現に欠かせないのは、日本の洋紙だ。 「通常の紙は、型を付けても平面に戻ろうとする作用が働きますが、竹尾のパチカは、凹凸をきっちりと記憶し耐久性もあるので、加工の跡が美しいままキープされます。柔軟性もあるので、よほどの加圧でもないかぎり破けることはありません。さらにクリアな印象のある紙質なので印刷が映えます。竹尾の洋紙に出合って、製作の可能性が広がりました」 よい素材のおかげで技術がさらに磨かれ、より革新的な表現が可能になったが、ノグ氏の製作意欲は衰えることがない。 「できることだけをしているのでは能がありません。失敗を恐れず新しい技術に挑戦し、昨日まではなかった表現方法を探し続けています。凹凸版作りのためにハイテク機器を導入したのもそのためです。0・3ミリ単位で模様を刻み込むことができる優れものです。機械導入によって手仕事のよさが失われるのではと懸念する声もありますが、私はそうは思いません。優れた彫刻技術を持つ者だけが、機械を自在に操ることができるからです」 ノグ氏の工房だけが保有する高い印刷技術も多いが、彼の頭の中には、奥義の門外不出などといった吝嗇な考え方は存在しない。 「工房同士が切磋琢磨していかなければ、業界全体が盛り上がっていきません」 大企業や有名メゾンへの仕事と同様に、ノグ氏が力を入れているのが点字本の製作だ。視覚障がい者のために、挿絵は凹凸だけで描かれる。登場人物の表情も緻密に刻まれ、指先で触れると喜怒哀楽さえも読み取れるほど。優れたエンボス加工技術なくしては実現し得ない秀作には、製作者の温かい気持ちが込められている。けちArtiste GaufrageLaurent Nogues36倒産した父親の印刷所を再建するため、1994年に自身のアトリエを設立。2011年に人間国宝に選ばれ、15年には「手の賢さに捧げるリリアンヌ・ベタンクール賞」を受賞。自らを飽くなき探究者と称し、日々挑戦を続けている。凹版と凸版の間に、人の手で1枚ずつ紙をセッティングして圧力を加え、平面上に細かな模様を刻み込む。メタリックの箔押しと併せれば、より格調高く表情豊かな仕上がりに。卓越した技術で、紙という素材のポテンシャルを最大限に引き出し、手にした人の心が躍るような招待状やギフトボックスの製作を行っている。
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