たいと思うようになったのです。細尾 日本には残っていても忘れられている技法を、海外の方が復元されようとしていることから、自分たちの身近にある素晴らしいものに気づかされました。現在は、過去のリサーチを未来へ受け継いでいくことの大切さを痛感し、日本各地のテキスタイルのルーツを訪ねています。また、昨年からMIT(マサチューセッツ工科大学)の特別研究員に就任したことから、サイエンスの最先端と美の組み合わせを研究しているのですが、残すべき芸術は国を超えて、人類の遺産として取り組むべきだと考えるようになりました。次の50年、100年も続けられるものを時代に合わせて、絶やさず受け継いでいく必要があると思います。ブレーズ 伝統工芸は、日常から高級品になりましたが、技術が守られるためには大切なことですね。西陣織での新しい取り組みとはどのようなものですか。細尾 西陣を着物や帯としてではなく、素材として海外を中心に発信しています。帯の技術を使って、幅の広い織物が織れる機械を開発したことで、フランスではディオールなどの高級ブティックの壁紙として用いられるようになっています。ブレーズ それはおもしろいですね。細尾 もともと、現代の西陣は日本とフランスのハーフなんです。明治時代、西陣は最大顧客であった京都の貴族たちが東京に移ったことで、存続の危機を迎えました。そのとき、3人の若者が決死の覚悟でリヨンに向けて航海に出て、自動で織れるジャカード機を手に入れてきたのです。そのため、一日に織れる長さが格段に進歩し、庶民にも手を出せる西陣が誕生した歴史があります。ブレーズ リヨンが絹の街になったのは日本のおかげだと聞いています。17世紀に日本の蚕を輸入したことで、急激に発展したそうです。お互い行き来があり、それぞれが発展したのですね。細尾 家電メーカーも、伝統工芸の歴史を考える時代に来ています。今年のミラノサローネでは、パナソニックとのコラボレーションで、新しい西陣の形として、金箔を使って通電する布を織り、布自体がスピーカーになるという作品を出品しました。伝統産業がクリエイティブになる機会がこれからますます増えていくように思います。我々も、一緒に新たな工芸の形を表現できたら素晴らしいですね。ブレーズ 優れた技術と独特のデザインが組み合わさると未来になるのですね。細尾 日本とリヨンの間を布文化が行き来した文化、我々で復活させましょう。41ベタンクールシュエーラー財団代表オリヴィエ・ブロ 「才能ある者に翼を」の旗印のもと、化粧品会社ロレアルの創業者の一人娘、リリアンヌ・ベタンクール氏(下写真)が財団を立ち上げたのは、1987年のこと。以来、私財と情熱を惜しみなく投じ、職人、研究者などの援助に努めている。『ヴィラ九条山』のサポートに続き、メセナとして「フランス人間国宝展」も支える。職人を擁護する意義を、代表のブロ氏が語ってくれた。 「優れた職人はフランス文化を国内外に広めるアクターであり、国の宝です。しかし、才能に恵まれながらも、日の目を見ない職人が少なからずいるのも事実。経済的・精神的支援は、才能の灯を消さぬため。また超一流の職人に贈られる『手の賢さに捧げるリリアンヌ・ベタンクール賞』も、さらなる高みを目指してほしいとの願いを込めた支援の一環です。デジタル化が進み、スピードと営利性が求められがちな現代社会ですが、今回の展覧会を通じて、日本の皆様と一緒に、伝統工芸の尊さを再認識できれば幸いです」Violaine Blaise染織品(テキスタイル)を専門とする文化財修復家。フランス国立文化遺産学院を卒業。ギメ美術館やガリエラ宮パリ市立モード美術館などで仕事をする。日本に興味を持ったのは、パリで日本の型紙展で目にした文楽。人形のコスチュームに惹かれたそうだ。その後、日本でも研修を数回行い、今回の『ヴィラ九条山』滞在へ。金箔や銀箔を織り込んだ上で、新しい技法を加えた西陣の数々。伝統と最先端技術の融合が作る美を前に、ため息を漏らすブレーズさん。フランスの手仕事を支えるベタンクールシュエーラー財団
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