SIGNATURE2017年08_09月号
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ジェラール・マルジョンのエスプリワインを謳う‒‒ソムリエワインという奇跡の飲み物の魅力を、我々に語り伝えてくれる美味なる吟遊詩人……。それは自然の恩寵と人間の英知が紡ぎだした写真・小野祐次 文・加納雪乃 一年の半分の日々を、世界中を旅するソムリエがいる。アラン・デュカスエンタープライズのシェフソムリエ、ジェラール・マルジョン氏だ。 パリ『アラン・デュカス・オ・プラザ・アテネ』、モナコ『アラン・デュカス・ア・ロテル・ド・パリ』、ロンドン『アラン・デュカス・アット・ザ・ドーチェスター』というミシュラン3つ星に輝く3軒の旗艦店を筆頭に、グループ傘下の世界7か国23軒のレストランすべてのドリンクを統括しているのが、この男だ。 1993年、アラン・デュカス氏に請われてグループに入って以来、60軒以上のレストランでワインリスト作りを手がけてきた。デュカス氏の全面的な信頼を得て、ワインに関して白紙委任状を与えられているマルジョン氏。彼のリスト作りは、店がある街を訪ねるところから始まる。数日間かけて周辺を歩き、人々と触れ合い、街の雰囲気や気候、人々の嗜好などを把握する。そのうえで、店のコンセプトやデザインに合わせてリストを作る。フランスをはじめ世界中のワインをバランスよく織りなしたリストは、ページをめくるごとに「おお、こんな逸品が、へえ、こんなワインが」と、愛好家の口元に笑みをもたらし、目を見張らせる。 1980年代、ホテル学校でワインを学んでいた頃に出会った、当時はまだ珍しかったビオワインを造る生産者のブドウや醸造に対する姿勢を見て、人間が、金や知識、または無知によりどれだけワインにインパクトを与えるのかを感じた。同時に、ワインは造り手の哲学が投影されたテロワールが生み出すものだ、とも。 多くのソムリエがワインを、ワインだけを語る、とマルジョン氏は首をかしげる。ワインを理解するには、それを造った人を理解しなくてはいけない、と言う。彼は、面識のない生産者のワインをグループ各店のリストに載せない。造り手の哲学が強く投影されるものだからこそ、その土地に赴き、人を感じ、気候風土と土壌を感じなくてはいけないのだ。もちろん、自分の感覚と合わない生産者もいる。よしあしの問題ではない、あくまでも相性の問題だ。世界のどの店でもいい、彼が作ったワインリストを一度じっくり読んでほしい。ジェラール・マルジョンという人間の個性が、そこにはとうとうと語られていて、非常に興味深い。 アラン・デュカスのオリジナルシャンパーニュや日本酒、ウオッカやラムまでをも手がけ、プライベートではギリシャでブドウを育てワイン造りも行うソムリエ。世界を舞台に、俯瞰でものを捉える柔軟なエスプリを持ったマルジョン氏の魅力を堪能できる貴重なイベントが、東京でこの秋と冬に開催される。48上から:パリの名門ホテル『プラザ・アテネ』のカーヴ。マルジョン氏自身が設計した、夢のカーヴだ。/カーヴの金庫に眠るのは、『プラザ・アテネ』の創業年の1911年シャトー・ムートン・ロートシルト。/完璧な抜きやすさと美しさを追求して自らデザインした、マルジョン氏のワインオープナー。旅先に必ず携行する。Photographs by Yuji Ono Text by Yukino Kano

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