SIGNATURE2017年08_09月号
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贅沢な空間で生まれる緊密で豊かな時間の拵えを考案するまで、五段目は「弁当幕」(芝居を見ずに昼食をとるような軽い幕)と呼ばれていた。これを生かしたオチにアレンジしています。益博:本日は約1時間、たっぷりと語っていただきましたが、寄席ではこれほどの大ネタは難しいですね。花緑:竜楽師匠に稽古していただいて会でかけるネタになっています。益博:ということは、レアな噺を聴くことができたんですね。花緑:そう思っていただければ。噺のなかに市川團十郎が登場しますが、彼は四代目。私たちが知っている團十郎は十二代目(市川海老蔵の父)です。これほどの時間を行き来できるのも、落語ならではの楽しみといえますね。益博:今日は師匠の芸名の由来を知ることができたのも嬉しい驚きでした。花緑:人前で話すのは初めてだったかもしれません。実は小さん(五代目柳家小さん。花緑師匠の師匠であり祖父)は二代目尾上松緑が大好きで、尊敬していたんです。そこで芸名から一文字〝緑〞をいただいて、二つ目では〝小緑〞、真打の際に〝花緑〞としたんです。益博:落語と歌舞伎が融合した芸名なんですね。落語と歌舞伎は歴史的に見ても縁が深い芸能ですが、今日は歌舞しょうろく伎座に近い築地という場所で、松緑から名前をいただいている師匠が、歌舞伎役者を演じている。なにやら因縁めいたものを感じますね。花緑:しかも贅沢な空間でわずか三十数名の方の前で噺をする――すべてに得難い体験でした。益博:噺が進むにつれ、広間の空気が緊密になっていくのはいい気分でした。花緑:最初は笑い声も控えめでしたけれど、だんだん伸び伸びと笑っていただけるようになっていましたもんね。益博:今回の「料亭のお座敷で落語を聴く」は、チャレンジングな企画でしたが、キャンセル待ちが出るほどの人気だったそうですよ。花緑:落語家としてこうした場にいられることは光栄だし、勉強にもなります。第2弾の噺家も私と同じ気持ちで挑戦してくれると思います。1875年創業で最初の店の名前は「喜楽」。その後、築地の大隈重信邸跡地に移転して『新喜楽』となった。伊藤博文をはじめ政財界人や文化人の利用も多く、芥川賞・直木賞の選考が行われる場所としても知られる。73特別コース料理の先付「ゼリー寄せ 生雲丹 車海老 白ずいき 茄子」(手前)、「白酢和 くらげ 胡瓜 蓮芋 松の実」。/大広間の床の間に飾られた豪華な手まり咲きの紫陽花。/関東大震災後に建て直された銅葺き木造2 階建ての風情ある『新喜楽』。特別コース料理の前菜「エゾ鮑大豆煮 きす風干酒盗焼 卯元胡麻和 みょうが甘酢 」。20年ほどになりますが、もっぱら独演やまもと ますひろ|1948年、東京生まれ。料理評論のパイオニアとして知られるが、大学時代に八代目桂文楽の落語に出合い、卒業論文のテーマも桂文楽。筋金入りの落語ファンにして落語評論家の横顔をもつ。新喜楽Shinkiraku山本益博Masuhiro Yamamoto

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