それは私が唯一、身体を動かす時間であり、小説のことを半日忘れて夢中でボールを追い、グリーンを、ピンを、カップを目指して懸命に身体を、頭を動かす時間である。 私は二十歳代の初めに、初めてゴルフというスポーツを経験した。それ以前、私は長く野球を懸命にやった。大学野球の途中まで続けたのだから、三十代の時は、人生の半分を野球をやり続けたことになる。決して名選手ではなかったが、一日たりとも練習を休んだことはなかった。それから先も、あれほどひとつのことに打ち込めたことは、小説以外にはない。炎天下で早朝から日が暮れるまで、声を出し続け、白球を追った日々は、その折は、正直、辛かったし、同じ歳の若者が愉しそうにしている姿を見ると、なぜ? 自分だけがこんな苦しいことをしているんだと何度も思った。しかし今になって思うと、あの苦しい日々があったから、この歳まで他人の倍近い仕事量を、少々の逆境でも、それがどうした、あの時に比べれば何ということではないぞ、と頑張ることができたのだと思う。 ゴルフをする人ならわかってもらえると思うが、ゴルフのプレーの大半は失敗をくり返すスポーツである。それはプロも同じだ。ことアマチュアに関しては、そこまで失敗をくり返すのなら、反省なり、練習をすればよいのであるが、そうはいかない。アマチュアゴルファーは普段仕事を持っており、ゴルフは仕事の合間に楽しむものだからだ。 プロは毎日、練習に励む。それは私たちが仕事に励むのと同様のことである。プロは上手くて当然である。アマチュアは懸命にプレーをしても失敗をくり返す。こう書くと、ゴルフはプロが一番格上にあるように思われようが、そうではない。ゴルフはアマチュアのものである。勿論、プロの人たちのものでもあるが、基本はアマチュアが世界のゴルフを成立させている。なぜなら世界のゴルフ人口の九九パーセントはアマチュアであるからだ。その上、アマチュアゴルファーにはプロがどう太刀打ちしてもかなわないユーモアと、これが一番肝心なのだが、品格を持った人々がいるのである。アマチュアゴルファーで品格を持つ人にはプロが束になってもかなわない。ゴルフは上手いだけが価値ではないことが、大半のプロにはわかるまい。 そんなプロの中で、今、松山英樹君がどうしてアマチュアの支持を受けているかと言うと、それは彼から伝わるゴルフに対する真摯な姿勢ではないかと思う。 全米プロで敗れた時、一人のインタビュアーが聞いた。 「敗因はどこにあったと思いますか? 何が足らなかったと思いますか?」 少し質問のタイミングとしては配慮に欠けたところもあるが、インタビュアーもまた仕事をしようとした結果の質問だったのだろう。 「考えてみます」 松山選手はそう言った。考えて考え抜いて練習して、練習をやり抜いて、ようやく何かが出るのが、私たちの人生であり、たとえ結果が出ずとも、それをやり続けることにしか、生きる尊厳はないのだと思う。ガンバレ、松山君。9一九五〇年山口県防府市生まれ。八一年、文壇にデビュー。小説に『乳房』『受け月』『機関車先生』『ごろごろ』『羊の目』『少年譜』『星月夜』『お父やんとオジさん』『いねむり先生』など。エッセイに美術紀行『美の旅人』シリーズなど。新刊に累計一六四万部を突破した大ベストセラー「大人の流儀」シリーズ第七弾『大人の流儀7 さよならの力』。最新刊に本連載をまとめた『悩むなら、旅に出よ。~旅だから出逢えた言葉Ⅱ』(小学館刊)がある。Charlotte, North CarolinaNumber 106Shizuka Ijuin
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