SIGNATURE2017年11月号
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 この夏、十年振りにイタリア・ミラノを訪れた。 ローマからはじまったイタリア旅の、最後がミラノだった。 暑い夏の中の旅行だった。ナポリでは酷暑のために亡くなる人まで出ていた。 午後からパリにむかう朝、その美術館にむかった。見事な城壁の中央にある門を潜り抜けて、スフォルツァ城内に入った。ルネサンスの後期、ミラノ公国をおさめていた野心家で、戦闘好きなイルモーロことルドヴィーコ・スフォルツァが居城としていた城である。 チケットを買い、室内に入ると、中央にその作品のうしろ姿が見えた。 絵画ではなく、彫刻作品である。まわりこんで作品の正面に立った。――何だ? これは……。 思わず声が出た。 未完の作品とは聞いていたが、ここまでだとは思わなかったからだ。 石塊を削り落とした鑿の荒い目がそのまま残った未完ののみ作品は、一人の人物がもう一人の人物を背負っているように見えた。 天井からの照明に浮かぶ奇妙な石のかたまりは、雪野にあらわれた幽霊を連想した。 作者はルネサンスの巨匠、ミケランジェロである。しかもミケランジェロの最後の作品である。 『ロンダニーニのピエタ』と呼ばれている。名称は、この作品が長い間、ロンダニーニ家の庭に置いてあったからだ。〝ピエタ〞とはイタリア語で、「哀れみ」「恭順」「深い信仰心」という意味を持つが、美術作品では、十字架から降ろされたイエスの遺骸に寄り添って嘆くマリアの姿を表現した絵画、彫刻を総称して〝ピエタ〞と呼んでいる。古くから〝ピエタ〞は作られたが、十二、十三世紀頃から教会で〝ピエタ〞を祀ることが流行した。 ミケランジェロは生涯で四作の〝ピエタ〞像を制作している。『ヴァチカンのピエタ』『フィレンツェのピエタ』『パレストリーナのピエタ』『ロンダニーニのピエタ』である。 ルネサンスの後期、ミケランジェロは、突然、美の世界にあらわれ、天才と呼ばれた。その突然が、『ヴァチカンのText by Shizuka IjuinPhotograph by Bridgeman Images / PPS &Masaaki Miyazawa7

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