SIGNATURE2017年11月号
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エスとマリアが上方にむかおうとしているように見えた。 これは作者の、ミケランジェロの意図であったのだろうか? おそらくその意図はあったはずだ。 逆側からも、背後からも、私はその像を鑑賞した。そうして正面に戻り、それまでの印象を忘れて、素直な目で見直した。しばらくして、この作品にしかないものは〝可能性〞ではなかろうかと思えて来た。荒削りのものだけが持つ可能性。そんな印象を抱いて、私は像の下を離れた。 伝記によると若い日のミケランジェロは才気にあふれているだけではなく、自他ともに認める芸術家としての能力があったがゆえに、あのレオナルド・ダ・ヴィンチの前でさえ、相手の作品を平然と罵倒したし、同時代の他の芸術家を手厳しく批判した。 文献を読んでの、その印象が強かったせいか、私はミケランジェロを好まなかった。ところが彼の晩年の姿を調べていくと、物静かで、周囲の人へ気遣いをあらわすようになっていたのを知って、何が、あの傲慢とも思えた若者を、まったく別の老人に変えたのだろうか、と考えるようになった。 そんな折での『ロンダニーニのピエタ』との出逢いであったから、私はミケランジェロをもう一度見つめ直そうと思った。 帰国して、最晩年に彼が書いた詩を見つけた。その終章にこうあった。  人がいかに褒めたたえようと絵画も彫刻ももう魂を鎮めてくれることはない魂は十字架の上に腕をひろげたあの聖なる愛にすがるのみィ『ミケランジェロ伝』岩崎美術社) ミケランジェロは神への想いも、若い時とはあきらかに変容していた。〜  (アスカニオ・コンディヴ おそらくミケランジェロは、最晩年に、何かを感じ、何かを見たのだろう。それが何なのかは誰にもわからないが、それはてのひらの上に乗るほどの、ささやかで、ごくちいさなものであるような気がする。 荒削りの中にしかない可能性と、生きる終焉で見つめるものが、一人の人間の中に共存していることが何とも不思議である。 八十九歳でこの世を去った一人の芸術家が見つめていたものについて、想いを馳せることができただけでも、今回の旅は上等な旅であったのだろう。〜 9一九五〇年山口県防府市生まれ。八一年、文壇にデビュー。小説に『乳房』『受け月』『機関車先生』『ごろごろ』『羊の目』『少年譜』『星月夜』『お父やんとオジさん』『いねむり先生』など。エッセイに美術紀行『美の旅人』シリーズ、累計一六四万部を突破した大ベストセラー「大人の流儀」シリーズ、本連載をまとめた『旅だから出逢えた言葉』(小学館)などがある。最新刊は『琥珀の夢 小説 鳥井信治郎』(上下巻・集英社)。Shizuka IjuinMilan & RomeNumber 107 MilanRome

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