SIGNATURE2017年12月号
16/82

2❶❷ColumnCSignatureはしもと まり/日本美術を主な領域とするエディター&ライター。永青文庫副館長。著書に『SHUNGART』(小学館)、『京都で日本美術をみる【京都国立博物館】』(集英社クリエイティブ)。有元は現代が失ってしまった「その時代のものをつくる人々を、まるごと支えていたような大きな様式」を懐かしんだ。安井賞選考委員会賞を受賞した《花降る日》は、強い様式性を感じさせる。またバロック曲をこよなく愛し、自らリコーダー演奏や作曲も行った。音楽を感じさせる画面への言及は本文にあるとおりだが、《7つの音》のように、音楽そのものを主題にした作品も数多く制作している。有元利夫展 ―物語をつむぐ会期 : 2017年12月10日(日)まで ※会期中、一部展示替えあり会場 : アサヒビール大山崎山荘美術館(京都府乙訓郡大山崎町銭原5-3)   アクセス:JR山崎駅または阪急大山崎駅より徒歩約10分開館時間 : 10:00~17:00(入館は16:30まで)休館日 : 月曜(ただし11月20・27日、12月4日は開館)お問い合わせ 075-957-3123(総合案内)  www.asahibeer-oyamazaki.com日本美術の冒険 第39回文・橋本麻里賞。85年に10年の短い画業を閉じた有元は、東京藝術大学美術学部デザイン科から、卒業後はデザイナーとして電通に入社するものの、「会社帰りに同僚と飲んで帰った記憶がない」というように、絵画の勉強を重ね、3年後には画業に専念する生活に入った。 在学中に旅行したイタリアで出合ったフレスコ画の、質感や象徴性を重視した描き方に日本の仏画との共通点を見出し、帰国後は岩絵の具や金箔など、日本画の画材を用いるようになった。風化したようなその画面は静謐だが、釘を打ち込むように、根が生えるように塗られた色は、その構図の中でしか成立し得ない絶対性をもって作品を支配している。❶ 有元利夫《花降る日》 1977年 三番町 小川美術館蔵❷ 有元利夫《7つの音》 1984年 三番町 小川美術館蔵© Yoko Arimoto 1985年に38歳で有元利夫が世を去ってからしばらくして、故人より20歳も年上の安野光雅が、テレビの美術番組で「彼の大ファンだった」と初々しい含羞を湛えた表情で語っていたことを、よく覚えている。その死から何年経っても、有元のような画家は出てこない。画家自身が人間的な個性や顕名性を超えた表現を目指していたにもかかわらず、不思議なほど無二の個性は、その切れ端を目にしただけで、彼の作品だということがわかってしまう。 75年に初個展、78年に具象洋画の新人登竜門であった安井賞展において、《花降る日》で、この年のみの特別賞となった安井賞選考委員会賞を受賞し、81年の同展に《室内楽》で安井賞を受 ミヤビ、放胆、稚拙、鈍、不整理、無造作、無名性、省略……。有元のアトリエに掲示された言葉として、安野が挙げたキーワードだ。有元の絵画を領する静けさ──彼は「音楽が漂っているような」画面を目指したが、バロック曲が小さな音量で流れている程度に違いない──に私たちが惹かれるのは、近代以降の「個人」に属する芸術作品が主張する「自己」の声高さに、疲れているからだろう。それもまた「現代」の様相であり、有元は擬古典ではなく、正しく時代を映した、現代美術の作家だったと言えるのではないか。Text by Mari Hashimoto22没後30年を経てなお愛され続ける、静寂に包まれた美しき物語の空間Art

元のページ  ../index.html#16

このブックを見る