SIGNATURE2017年12月号
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 なぜ山西省で黒酢の醸造が発達したのだろうか。最も素朴なこの質問に、「すべては気候風土の賜物です」と董事長であり、国家級非物質文化遺産伝承人の郭俊陸さんは言う。 地図に目をやると、山西省は中国北西部、黄土高原の東部にあり、大部分が山地と高原、一部を盆地が占めている。寒暖差が大きく、乾いて痩せたこの土地では雑穀類が主作物。これらは古来、山西人の主食となり、酒や酢の原料ともなってきた。一方、日本に目を向ければ、主食は米であり、酒も酢も米である。米は年貢となり、豊かさの象徴だったように、山西省における雑穀は食の源。「大量の雑穀を要する酢造りは、裕福な家の仕事であり、かつて酢の甕は豊かさの象徴だったのです」と郭さんは話してくれた。 そんな山西省の黒酢は、アミノ酸が豊富に含まれる。理由は原料と製法だ。原料は、高粱、大麦、えんどう豆、小麦ふすま、粟の糠の「五谷」。5種類の原料は陰陽五行説の五味五色と紐づいており、そこには、それぞれが繋がり合って完全なものになるという考えがある。 さらに「蒸・酵・熏・淋・陳」と呼ばれる82の工程は、ふくよかでコクがあり、余韻が長く、ボディのある黒酢造りに欠かせない。発酵には「大曲」と呼ばれるレンガ型の麹のようなものを使うが、この分量がとうじかめごこく原料の6割強。蒸した高粱に水と「大曲」を大量に入れると、香りの強い酒となり、棒で掻き混ぜると、甕の中はグツグツと沸騰したように発酵する。ここでアルコール度数が高くなるほど、おいしい酢ができるのだ。 続いては個体発酵のプロセスで、小麦ふすま、粟の糠を加えると、液体は熱をはらんでしっとりとした粉状になる。これらの原料はフラボノイドを発生させ、黒酢の健康効果に一役買っているそうで、明代の山西人の知恵には驚嘆するばかり。数日経てば、穀物が発酵した干しブドウのような甘く芳潤な香りとともに、目に沁みるような酸の刺激も生まれてくる。この状態になったら原料を燻し、色付けと風味付けをし、最後にお湯を加えてすべての成分を酢として抽出。さらに時間と気候を味方につけた「陳」というプロセスが酢を熟成させる。山西省の酢が、陽に晒して水分を飛ばし、冬は酢の上に張った氷を取り除き、年々酢を凝縮させるという山西省の気候風土が酢を育む。甕の中を覗いてみると、8年ものは元の量の3分の1になり、5年ものよりさらにやわらかな舌触りに熟していた。 さらに30年、50年と寝かせたものは肝機能を治癒する漢方薬となり、水あめ状のテクスチャーで、酸よりも苦みが増す。そこには「老醋養人」、古ければ古いほど味や成分が凝縮し、身体を養生するという考えが根づく。ゆえん水」、すなわち夏は太 完全に手造りで仕込んだ酢は、ラグジュアリーライン「MIOGEE(美和居)」の飲用酢に加工されるほか、普及ブランド「東湖」の5年および8年ものとして販売される。施設内で造られた黒酢は1斤(500g)単位で購入可能だ。老西醋博園山西省晋中市楡次工業園区108国道楊村段TEL +86-354-275-9337http://www.sxlcc.com/カード不可 山西こ老の陳期酢間とに呼はば「れ夏る伏所晒以冬 である。『東湖醋園』では、酢の歴史的資料と製造プロセスに加えて、漢方薬に使われる50年ものの酢(写真上)や、ニンニク酢などの製法と効能を展示(写真下)。レストランと売店も併設しており、心ゆくまで黒酢の世界に浸れる。東湖醋園山西省太原市杏花嶺区馬道坡26号TEL +86-400-615-8585http://www.sxlcc.com/カード不可34

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