SIGNATURE2017年12月号
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 旅は、日常(普段の日々)と違う場所へ行くことだけで、どこか気持ちが高揚するものである。普段の日々が仕事や、子育て家事で追われてしまっている人にとっては、のんびりできておだやかな時間を提供してくれる。 人は違った場所に身を置いただけで、それまでとは違う自分を見つけたり、忘れていた自分らしさを取り戻せるのかもしれない。こころが落着かなくなった人へ、医師が転地療法をすすめるのも、そんな人の微妙なこころの動きをわかっているからだろう。 その日、訪れた場所は、私のことより、半分は仙台の家族のために訪問した。そうしてそこは大半の人々にとって、死ぬまでに一度は訪れたい場所であった。 イタリア、ローマ、ヴァチカン市国を訪れた。 キリスト教徒にとって、ヴァチカンは彼等が信奉するもののすべて、総本山である。ここにはキリスト教徒の最高位である教皇が住んで、世界中の信徒のために暮らしている。 年間数百万人の信徒がここを訪れる。 実はヴァチカンへの旅は、六年前に行くはずであった。信仰心の篤い家人(妻のこと)が誰よりも楽しみにしていた。少女の時から主イエスと過ごして来たのだから無理もない。それ以前の旅でも、当時の教皇であったパウロ二世の生まれ故郷であるポーランドの、古都クラクフへ彼女の希望で訪れたことがあった。我が家の壁には、パウロ二世、マザー・テレサの御影が掛かっている。その旅を楽しみにしていた春、出発まであと十日に迫った午後、我が家を東日本大震災が襲った。Barb.or.152(3) ©2017 Boblioteca Apostolica Vaticana / ユニフォトプレス9

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