SIGNATURE2017年12月号
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 山西省ではなんということはない、街場の店がいい味を出している。太原市内を流れる汾河にほど近い、麗華北街の『家一味剔尖館』もそんな店のひとつだ。 店名にある剔尖(ティージェン)とは、山西四大麺食のひとつ。盛り付けたところは刀削麺に似ているが、その製法と食感はまるで違う。とろとろの生地を皿に盛り、意図的に溢れさせた生地を、長い箸のようなもので一瞬で削ぎ落とす。ピュッと放たれた生地は1本の線となり、鍋の中に飛び込んで麺となる。 店の繁盛ぶりを称えると、「山西人なら刀削麺は誰でもできます。この麺は高い技術が必要ですから勝負できると思ったんです」とオーナーの馬さんは話してくれた。さすが280種類の麺を誇る、山西省ならではの視点である。  食べ方は日本のどんぶり飯に似て、ゆで上がった山盛りの麺に好きなタレやおかずをのせるのが定番。おかずは、燻製のような香りが漂う豚大腸の煮込みや、豚皮の炒めもの、肉や卵の炒めものなど、たんぱく源が充実している。 それに加えて風味を増すのが、黒酢に漬けたニンニク、香菜、酸豆角(酸っぱいササゲの漬物)、きゅうりの細切り、エゴマの実など、薬味と調味料9種類。これらは取り放題になっている。常連が多いからか、皆迷いなく自分好みの薬味や調味料を手際よくのせる様子を見ていると、暮らしに根付いた食べ方なのだろう。 彼らを真似て、豚大腸の煮込みを注文し、薬味をのせ、麺を味わってみた。煮込みは滷水(ルーシュイ)と呼ばれる香辛料入りの調味液を使っているため、甘じょっぱく、まさにおかずの味である。一方、薬味は香ばしさを添え、食欲を増す。しかし食べ進めるうちに、ひとつ足りない味が出てくるのだ。そう、酸味である。黒酢をかけたら、酸・苦・甘・辛・鹹の五味に、欠けたピースがピタッとはまった。1杯15元で安い、うまい、早いと三拍子そろった店。12時前には店内はほぼ満席となり、1日300~400杯が飛ぶように売れる。ネット経由の宅配にも対応する。下:太原市内の大型スーパーでは、什器の上から下までポリ容器に入った黒酢がずらり。卓上用に小分け用の瓶がついているものもある。40

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