SIGNATURE 2018 1&2月号
15/80

歌舞伎名場面 第18回文・川添史子 イラスト・大場玲子(兎書屋)平家全盛の世を忍ぶ阿呆のふり。再興を願う隠れ源氏のサバイバル術“Kabuki”a sense of beautyText by Fumiko KAWAZOEIllustration by Reiko OHBA(TOSHOYA)1SignatureolumnC 平氏であらずんば人にあらず||。独裁者である平清盛が権力を掌握して栄華を極める時代を舞台に、源氏の再興を志す人々をドラマチックに描いた『鬼一法眼三略巻』。この物語の中で常盤御前は、夫の源義朝が討たれ、わが子・牛若(のちの源義経)の命を守るために平清盛の側室となり、その後、源氏の子孫である一條大蔵卿という公家に嫁がされてしまった。その大蔵卿は、源平の対立にはまったくの無関心。道楽に明け暮れ、うつけ者として知られ、世間からもバカにされている。しかしこれは、清盛と通じるスパイを欺くための計略で……。 主人公の名を取った四段目『一條大蔵譚』における大蔵卿は、つくり阿呆でいて実は正気で聡明、平家討伐の意思を隠しているという二面性が面白いところ。ユーモラスな表層に、胸の奥に秘めた本当の思いが透けていく。これは生きるために彼が身につけた、世渡りの智慧だろう。 同作は、十一代目片岡仁左衛門が制定した「片岡十二曲」の一つでもある。この11月、筆者は、長編ドキュメンタリー映画『歌舞伎役者 片岡仁左衛門』6部作を見るために京橋のフィルムセンターに通った。トータル10時間以上、明治生まれの名優十三世仁左衛門の芸の記録として貴重なフィルムは全編がお宝のような映像で彩られていたのだが、その中に、若い俳優たちに『一條大蔵譚』を教える巻があった。舞踊的な所作、時代物義太夫狂言の台詞回し、公家言葉のイントネーション……。実に細かな指示を聞いていると、この演目が、いかに難しいかが、ひしひしと伝わってきた。 大蔵卿は「大播磨」と呼ばれた初代中村吉右衛門の当たり芸だったと聞く。2018年2月、そのひ孫にあたる市川染五郎が松本幸四郎襲名興行で演じるので、これは大いに楽しみだ。 本当の自分を隠し、難しい現状をうまく賢く過ごす〈つくり阿呆〉というテクニックを身につけた大蔵卿。仕事場、友人の前、趣味、SNSと、場所や相手によって少しずつ見せる顔を変化させ、複雑化していく社会に合わせて日々を過ごす現代人にとっては、理解しやすい人物かもしれない。鬼一法眼三略巻鬼一法眼=四代目中村歌右衛門牛若丸=初代坂東しうか皆鶴姫=三代目藤川花友嘉永2年(1849年)三代目歌川豊国(初代歌川国貞)画東京都立図書館特別文庫室蔵源平の時代を扱った全五段の時代浄瑠璃。三段目の「菊畑」は、鬼一法眼が持っている兵法の奥義書の虎の巻をめぐる陰陽師・鬼一法眼と牛若丸、鬼三太とのやりとり。四段目の「檜垣」「奥殿」は世を忍ぶ〈つくり阿保〉の一條大蔵卿と常盤御前が中心となって展開し、この場を独立して上演する場合は『一條大蔵譚』の外題が使われる。きいちほうげんさんりゃくのまき19

元のページ  ../index.html#15

このブックを見る