SIGNATURE 2018 1&2月号
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ブシント・アナ・ペーデの教会の近くには、ピーテル1世の《農民の婚宴》の舞台になったとされる宿場『Kroon(クローン=王冠)』の場所も確認されている。現在はレンガ造りの納屋で、近くには「Kroon weg(王冠の道)」という小径があり、どこか中世にタイムスリップしたような気分にさせる。BRUEGELROUTE(Openlucht-Bruegelmuseum)ブリューゲル街道ブリューゲル街道の位置情報は、右のQRコード、各観光局のサイトを参照ください(オランダ語のみ)。デイルベーク観光局(toerismedilbeek.be)フラームス=ブラバント観光局(toerismevlaamsbrabant.be)ブリューゲル街道(ウォーキング)ブリューゲル街道(サイクリング)(ブリューゲル野外博物館)ブリューゲル街道パヨッテンラントの田園風景リューゲルと聞いて誰もが最初に思い浮かべるのは、大ブリューゲルやブリューゲル(父)とも称されるピーテル1世の作品である。狩猟犬を連れた狩人たちが木立の間を行く厳しい冬景色(ブリューゲルが生きた16世紀ヨーロッパは小氷河期だった)を描いた《雪中の狩人》や、祝宴のテーブルを囲む農民たちを描いた《農民の婚宴》の鮮烈な構図を、美術の教科書などで覚えている方も多いだろう。 しかしながら、このピーテル1世を祖とする、神話や聖書に材をとった宗教絵画、寓意画、未知の風景から農民の風俗まで、ブリューゲル一族が築き上げた150年にわたる一大王国の膨大な作品群にあって、ピーテル1世の絵画(油彩)作品は40点余りを数えるに過ぎない。だからこそ現存する作品がわずか37点ほどしかないフェルメールと同じように、全作品を〝踏破〞しようとする「巡礼」の対象となってきた。 先ごろ24年ぶりに来日して話題となった《バベルの塔》(1568年頃、ボイマンス美術館蔵)は記憶に新しい。ウィーン美術史美術館所蔵の12点を筆頭に、ヨーロッパ全土とアメリカにまたがるブリューゲルの絵画巡礼はひと苦労だが、その旅の在り方に新たな視点を与えたのが体感型「野外博物館」というユニークな試みである。 契機は1969年、ブリューゲル没後400年の行事の一環として、ブリュッセル近郊の道路が「ブリューゲル通り(Breugel weg)」と名付けられたことだった。かねてからブリュッセル郊外に広がる田園地帯「パヨッテンラント」は、ピーテル1世の絵画作品に描かれた農村風景や教会などの建造物との類似が指摘されてきたが、1990年代に入って研究者たちのリサーチが進み、ピーテル1世がモチーフにしたと思われる建造物などが〝発見〞されたことで、デイルベーク市の非営利団体が中心となって、2004年、「ブリューゲル街道」と呼ばれる約7キロの散策コースと全長約45キロのサイクリングコースが整備された。この、絵BruegelPajottenlandの中の世界と時間をヴァーチャルに追体験するという一種の〝空想〞美術館は、新たな観光の目玉として海外からも大きな関心が寄せられている。 北部のフランデレン地域(フラマン語圏)に位置するため、コースに設置された案内板はオランダ語のみ。日本人観光客にはいささか不案内だが、きたるブリューゲル没後450年にあたる2019年には、ベルギー国内をはじめ、ヨーロッパ各地で関連イベントが相次ぐことから、英・仏語併記など、さらなる再整備が期待される。 ルートの起点は、13世紀に建てられたシント・アナ・ペーデの教会。新約聖書マタイ福音書に書かれた寓意を基にした《盲人の寓話》の背景に描かれた教会の尖塔とたしかによく似ている。 美しい田園風景の中、19点(散策ルート12点、サイクリングコース7点)のブリューゲルの複製画のパネルをたどりながら、ブリューゲルの中世に思いを馳せる新たな〝巡礼路〞を、ぜひ味わってもらいたい。 (鈴木)シント・ヘルトルディス・ペーデの水車32
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