SIGNATURE 2018 1&2月号
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Text by Shizuka IjuinPhotograph by Koji ABE / AFRO & Masaaki MIYAZAWA 私には長い船旅の経験はない。せいぜい十日余りである。 ヨーロッパでは地中海でのクルージング。アジアでは長江の三峡下りを重慶からしたくらいだ。日本の船旅は二、三日である。そのことを海外の友人に話すと、皆一様に不思議な顔をする。「だってあなたの国は四方を海で囲まれた国土なんだろう。誰もが船旅を経験していると思っていたよ」 彼等は、まず地図の上で見て日本という国のイメージを抱くようだ。そのことは私たちが外国を想像するのとまったく同じことなのだろう。 日本は世界でも有数の交通網が整備された国である。今や北海道から九州・鹿児島までを新幹線が貫いているし、高速道路網もこれだけ発達している国は世界中で日本だけである。そのことを私たち日本人は当たり前のように思っているし、若い人は生まれて来た時から暮らしの中に、この素晴らしい交通網があったのである。それに加えて航空網も実に充実している。 ところがほんの百年ほど前に、人と物資を移動する最大の手段は航路、海の路であった。 私は二年前の夏から一年半余り、主に明治、大正の時代を舞台にした一人の商人の物語を新聞小説として連載した。 先ごろ、その小説が上梓され、書店に置かれるようになり、幸い多くの読者の方が支持して下さった。 その小説の主人公は、十三歳で大阪、船場で丁稚奉7

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